AKB48のCDは音楽の正常進化であると考えざるを得ない苦々しい理由

By | 2016年8月2日
akb48-and-music-evolution

古典的音楽業界の惨状と音源と環境の進化

今、音楽業界で食う、つまり、それを主たる生活の糧にする、という行為は至難の業だと思うわけです。実際、カバーだの、古参がドサ回りしているとか、かなり悲惨。

たとえばX JAPANの頃、1980年代後半などは「ヘビメタ」のX (JAPAN)がCDS100万枚売っていた、という時代もあったわけですから。

今の時代になって考えると、いわゆるバンド編成、つまり、ベース、ドラム、ギター、ボーカルで演奏する行為は物凄く贅沢な事だと思います。

つまり、今の時代、サンプラーなりシーケンサ使えば、それらは全て一人で完結して、ウェブを使えばすべて一人で完結してしまうわけす。

ボーカルとかエフェクタでいくらでも改変できるわけですし、それらはDTMソフトを使えば、パソコン一台で完結してしまうわけです。

(また、ウェブサイトやいわゆるCDジャケットに相当する部分もウェブでそれらの請負をいくらでも探せますし、その代金も個人で払えない金額では決してありません。)

もちろん、一定の音楽的教養を有する人にとっては、ギターなどの「古典的な生楽器」のテクニックや、音色に対する奥深さに対すが理解はありますが、もう生の楽器で奏でる音楽って、たとえば油絵とか水彩画とか、そういった非常に趣味的で伝統的な分野になりつつあるのではないでしょうか。

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AKBという音楽の「進化」形

AKBでしたっけ?私は全く興味が無いアイドルグループですけど、あれはあれで「擬似恋愛」としての集客方法としては、あり、なのでしょうし、ああいったグループにとっての音楽など、適当にサンプラーで4打ちして、エモーショナルなサビを乗せて、そこにリズム、ベース、メロディを鳴らしてればいいわけです。

AKBに群がるオタクたちが音楽に対する造詣を持っているなどとは絶対に思えないですから。もしマトモな感性を持っていれば、あんな水商売モドキの娘の集団に嵌り込むことなど絶対にないでしょうし。

つまり、AKBにとっての音楽とは、単なる「聴覚的な装飾の部分」に過ぎないと思うのですよね。

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しかし、逆説的にそれは音楽としては正しい進化だと思うのです。むしろ今までのドラム、ギターなどの「古典的な生楽器の音楽」が古すぎたわけで。

そんな意味で、バンドとしての音楽ではなく、もうすこし大きなくくり、としての音楽の正常進化として、「聴覚装飾に成り果てた音楽」、としてのAKBと言うのは、時代の最先端かもしれません。

AKBに取っての音楽など、水商売の娘に会うためのチケット以下の存在でしょう、と。

実際。今の10代って、CDを買ったことすらない、それどころか音楽にカネを払ったことすらない、という人多数ですから。

おまけ

で、その商品を「旧来の流通に載せた」のがPerfumeですね。ビジュアルと音楽がギリギリの状態でバランスを取って存在感を主張し合っているのではないかと。

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