恐れよデジタルタトゥー TwitterやSNSはウェブによる監視社会化のツールと化した

By | 2016年9月6日
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一旦ウェブに書き込んだ情報は消すことができない

SNSやtwitterなどで自分の名前を公開したりであるとか、自分が何をしてるか、ということを公開している人が多数居ますが、それは危険極まりないことであると私は考えています。

一度webに公開してしまった情報はコピーアンドペーストが可能であり、それは第三者が保存しておくことが可能です。

それはつまり、自分がいつ、どこで、何をしていたかを第三者に提供し、しかもしれは削除不可能であるということです。

無論、著作権的には自分のものとして「削除を依頼」することは法的には可能かもしれませんが、「他者のコンテンツを流用する」(しかもその多くは金儲けのために)という根底的に悪意のある第三者が保存、もしくは再アップロードを行なった場合、それを素直に消してくれるなどとは到底、思えません。

また、裁判などをすれば削除は可能かもしれませんが、非常な労力が必要とされます。最低でも何ヶ月も裁判期間が必要ですし、司法書士、弁護士などの依頼費用も掛かります。

デジタルタトゥー、と言いますが、これはつまり、刺青ですね。一度書き込んでしまうと、もうそれを消すことができない、それはすなわち、一旦ウェブ上に公開しまった情報はそれを消すことができない、そんな非常に単純な事なのですが、それは非常に恐ろしいことでもあります。

自分の名前を使ってインターネット上に発表してしまったら、もう取り消すことが絶対にできないということです。

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デジタルタトゥーの恐ろしさの具体例

それが例えばフリーランスとして働いている場合などは名前を売る、という意味では良いのかもしれませんが、普通の学生などが就職活動しようとした際に非常に大きなデメリットを産むことになります。

当然、企業の人事担当者はitリテラシーに長けた担当者であれば、求職者の名前をウェブで検索するの当然でしょうし、その際に求職者がウェブ上で何を言っていたか、ということを当然、仔細に調べるでしょう。

それは、エントリーシートや履歴書に書いてある自画自賛の上辺だけのコメントではなく本当にその人の人物がどう思っているかということを調べることができます。

wierなどで自分の気分に任せて色々な書き込みをしていますが、それが本当に第三者から見てそれが好意的に見られるものばかりのでしょうか?

それは感情的なことや自分の思想信念、それらを知らない間に世界にさらけ出しているということになります。

しかもそれを消すことはできません。

そのような意味で、デジタルタトゥーというのは人生にとって大きなマイナスになる可能性が高いです。

意識高い系だか何だか知りませんが、自分の行動を逐一、twitterやfacebookで発言し、リア充気取りをしているような痛い人たちがいますが、私は彼らは、いずれ将来的にはかなり痛い目にあうのではないか、とすら確信に近くと思っています。

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なぜデジタルタトゥーの危険性が周知徹底されないのか

デジタルタトゥーというのはこのような危険性があるのですから、当然それらの周知徹底が行われて然るべきであるにもかかわらず、それが行われていないという事は、それすなわち社会の監視社会化における流れの中の一つではないか、と思ってしまいます。

つまり、誰がどこで何をしている、というは、監視カメラを個人個人に配置しているようなもので、twitterやSNSで個人の行動や思想がわかってしまうことは、それは監視する側、つまり為政者とっては非常に都合のいいことですから。

すなわち、SNSはwebによる各個人の監視社会化のための保管、という流れの一翼を担っている、と考えるのが自然でしょう。

恐れよデジタルタトゥー、残すなデジタルタトゥー

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