youtubeとブログが相互に与えた影響 ブログと動画の好ましくない共通点

By | 2017年7月14日


私はブログを書いているので、他のブログも参考程度に読む事があるのですが、そこで最近思う事があります。ブログとyoutubeについて、非常に良からぬ類似性があるのではないかと感じます。

日常の切り売り

ブログやyoutubeで金を稼ごうと思う者達が行う行動として、いわゆるセルフブランディングと称する自分のキャラクターづくり、そして、プライベートの切り売りなどがブログとyoutubeの共通点として挙げられます。

彼ら、彼女らは自分がどこに住んでいる、何をしている、といった情報を、さもすごい事であるかのように自画自賛し、ナルシスティックな行動を繰り広げている、と見えてしまいます。

人間、無駄にキャラクターに従う者が一定程度は存在する、という心理的な糸があってそれらの行動をしているのでしょう。

また、必要以上に自分の個人情報を公開することにより、女性の場合は男性に対するアピールは非常に強いでしょう。ただ、それは、もはやブログやyoutube媒体を使った不特定多数を相手にする水商売的な行動と私は取らえてしまいますが。

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低年齢者の取り込み

これは特にyoutubeにおいては顕著な傾向ですが、対象年齢として10代の若者を取り込もうとする動きが強いのではないでしょうか。

その理由として、ターゲットにしている10代の若者とは社会経験があまりなく、善悪の判断がつきにくい、また、社会経験の不足などから直情的な、刹那的な面白さのみでウケを取り、アクセスを集める事ができる、という発信側の下心が見えるのではないでしょうか。

今の十代の若者がインターネットを使う、もしくはyoutubeをテレビ代わりにし、ブログを本にする事は極めて危険な行動であると私は考えざるを得ません。

10代の年齢とは、その者の人生の土台となる時代であり、その土台となる部分にしかるべき適切な知識、それは紙の書籍もしくは古典などの、一生使える知識を蓄えるべき時期であるにもかかわらず、インターネットを通じた目先の刹那的な面白さを取得しようとする事自体が、その後の人生においてその者に重大な問題を生じさせるさせるのではないでしょうか。

また、youtubeなどの場合、いわゆる読み捨ての漫画と同じように、一時的な面白さを発信するために、意図的に愚かな行動を行い、それによってアクセスを集めている行動が多発している、との見方が可能です。

ブログの場合、それはまるで宗教であるかの様にブロガーを崇拝し、その後の人生自体に少なからの影響を与えてしまう側面もあります。人間、「断言する」人物に影響されるものは少なからず存在しますし、特にそれは人生経験のない者にとっては魅力的に見えるでしょう。

ブロガーに影響されるような者達は自分で考える事を放棄しているのが最大の原因である事はもちろんですが、それらの意見を意図的に社会経験の少ない若者に向けて自分のブログで理想論を垂れ流しているブロガーは、ある意味は加害行為とすら言える行動です。

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動画コンテンツの直情性

ブログの場合、画像を多様する事(しかもそれは多くの場合、無意味なフリー画像を使う)が多くあります。また、動画の場合であれば、ひたすら直感的な、わかりやすさ、それは無駄な効果音などを入れる事により、あまり考えなくても面白く見る事ができるコンテンツを作ろうとしているのがミエミエです。

もちろん私からすれば、そのような無駄な画像、特に画像を加工して効果線を入れるのマンガチックな画像を入れる、もしくはフリー素材の画像を入れる、そのようなブログは全く信頼性がないブログとして捉えていますが、それを10代の若者に向けて行う事によって、それらの表現が、彼らの中で標準化されていく危険性があるのではないでしょうか。つまり、表現手法そのものが極めて低レベルに留まってゆく文化水準への危険性があるのかも知れません。

今、バラエティ番組などを見ていると本当にくだらない、見るに値しない時間の無駄であるかのような番組が多数ありますが、それをわざわざインターネットで作って何がしたいのでしょうか。たとえ、それによってアクセスを得られたとしても、それは自分の魂を低レベルな表現によって小銭と引き換えにしている事に他ならないでしょう。

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それらは好ましい影響ではない

私はyoutubeで日本人が嬉しそうに何かをやっている、もしくはyoutubeなどと自称し、タレント気取りの者たちの動画については一切そのような動画を見るつもりはありません。何が悲しくて、それらの動画で自分の時間を浪費せねばならないのでしょう。

もちろん、それはyoutubeではなくブログでも同じ事が言えるのですが、つまり、誰もがコンテンツを作る事が可能になり、それを全世界に向けて発信する事が可能になった現在、本来、発信をする者が持つべきであった、責任や表現の水準が、アクセス至上主義の、わかりやすく、面白ければ良い、という表現手法によって、日本社会全体が低レベル化している、のではないかと思わざるを得ません。

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