自民に投票した者、それは幻想としての安定を求めた行動である、その理由。

By | 2016年8月4日

A級戦犯の孫のアベが指導する自民党が勝った勝った、とニュースでは伝えていますが、公明党の選挙協力がなければこの数字を出すことができなかったのですから、いくら「勝った」と言っても、それは半分チートを行っているようなものでしょう。宗教団体の組織動員で当選する与党議員。まさに「美しい国」そのものですね。(皮肉)

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何も考えない国民の選択としての選挙

それはさておき、この国の国民は、自分の頭でものを考えることが本当にできないのだな、と今回の選挙では痛感します。

現在の経済的な一定の世界的な優位性にしても、1960年代から1990年代当時の世界情勢の上に、何らモノを考えることなく、働き蟻のように働いてきたことによる、それは現在となっては「経済的遺産」でしょうし、それによって、今までは何とかなっていたものが、中国などのアジア勢の台東でそれらができなくなったということです。

つまり、現在の日本の状況が、過去の遺産を食いつぶしつつ、経済的衰退が真っ盛りの状況にある、ということを未だに国民は理解できないのでしょう。もしくは、理解できてもそれを考えたくないのでしょうね。

本来であれば、世襲の政治屋、世襲の公務員、硬直化した行政、などの根本的な問題を改めるために「シガラミのない」政権を選択すべきであるにもかかわらず、結局「今までと同じ」事を繰り返しただけなのですから。

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先の大戦の状況と重なる選挙

一体どの政権の政治によってここまで社会が悪化したのか、これまで連綿と自分たちと、その支持者(=大企業)にとって都合の良い政策を行ってきた者達に対し、いまだに信任票を与える、ということは、先の対戦における大本営発表を鵜呑みにし、そして負け戦にすべてのリソースをつぎ込んだ事実と否応なくオーバーラップします。

先の大戦において、当時のNHKが大本営発表として、B29が首都を爆撃し首都が灰燼と化しているにもかかわらず、「勝った勝った」とプロパガンダ放送を繰り返したのは「アベノミクスは道半ば」と現在のNHKが繰り返すフレーズと等しいことです。

つまり、アベが「信任を得た」ということは、この国が思想的には全く何一つ戦時中から進歩していない、という状況を残酷なまでに表しているのではないでしょうか。

よく考えてみれば民主党を選んだ時を別として、この国の国民は自分で自主的に自分たちの進路を選んだことはないですし、それがゆえに、「栄えた過去」に追いすがるわけです。それが自民党を選ぶ心理ではないでしょうか。

この国は老人があふれていますが、国民の心情そのものが、過去を懐かしみ、国家そのものが、なんら前向きに生産的活動をしようとしない老人と等しい状態になっている、と言えるでしょう。

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