なぜ、保守派は胡散臭く見えるのか、彼らの言動の矛盾点、もしくは「愛国」での思考停止の欺瞞

By | 2017年5月30日

勇ましいフレーズの前に目の前の問題を直視しませんか?

  • サービス残業
  • 国力低下
  • 保守層のモラル低下
  • それらを「愛国無罪」と言い換えるのは、浅間山荘事件における市井の人々に対し犯罪行為を正当化した当時の共産主義者と全く変わりのないものです。

    つまり国を愛すというフレーズの前に、目の前にある問題を見ない、もしくは見ようとしない事が堂々とまかり通っています。

    しかし、それは本来全く逆のことであるはずです。国民の労働環境とは、現在盛んに問題提起されている少子高齢化と結びつく問題です。

    なぜならば、それらの国民の生活、という「小さな問題」が積み重なることによって、この社会はおかしくなってゆくのですから。

    そのような問題を見て見ぬふりをしている事は、彼らの頭の中にある保守という理想の前に思考停止をしている状態と言えるでしょう。いかなる社会問題であっても、それはまず自分のアタマで考えることが総ての問題の認識の原点です。それを放棄したことは人間であることを放棄したことと等しいとも言えるでしょう。

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    外国人排斥の前に不良経営者と不良公務員の排斥をしてはいかが?

    よく、保守などは「外国人の生活保護の廃止」などといいますが、それらのごく例外的な問題と「サービス残業を全廃することによる税収の増加」どちらのほうが効率が良いでしょうかね?

    確かに外国人による生活保護の受給という問題については、それはそれで考えるべき問題であることを私は認めます。

    しかし、本来受け取るべき者が生活保護を受け取れていない、または、サービス残業などによって本来納められるべき税金が納められていない、それは問題のセットとして総合的に考えられるべき問題ではないでしょうか。

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    敵意むき出しは敵しかつくりませんよ

    保守は諸外国との関係について、やたらと好戦的な勇ましいフレーズがネット上ではびこるようになっていますが、人間は悪意を持って接すれば当然、相手も悪意を抱くというものです。

    それこそが本来の国際的政治というものです。現在の勇ましいフレーズを言っている保守たちは、何も考えない、まるで玉砕を支持したかのような第二次世界対戦末期の軍国主義者達と何らメンタリティーが進化していないのではないでしょうか。

    まあ、彼らはまともな人間関係を築いたことがないのかもしれませんが。

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    国防について否定するわけではない

    むしろ核ミサイルの開発は、その実態はともかくとして議論はしていいと思っています。
    無論そのような兵器を持つ、持たない、ということは議論として有っても良い、というだけで、実行的配備などについてはまた別の議論になります。

    しかし、「話し合い」とは、そのような物理的な裏付けがあるからこそ、成り立つ、ということについては私も十二分に認めるところです。

    平和的に話を行うための手段として、それらを考えるというより視野の広い考え方が必要なのではないでしょうか。

    「然るべき手段」があるからこそ「話し合い」は成り立つわけですから。

    愛国のフレーズの胡散臭さを国民が認識するときこそ、この国の再生は始まる

    それらの「保守層にとって都合の良い」ロジックの胡散臭さ、怪しさを国民が認識し、目の前にある問題を議論し始めた時こそが、ほんとうの意味でのこの国の再生の第一歩でしょう。それは、「上からの押しつけ」ではない、下からの自然発生としてのこの国のあり方の議論です。

    結局、現在の愛国とは、全くモノを考えないための思考停止フリーズになっているに過ぎません。

    それは本来、彼らが罵倒し、そしてその存在自体を否定しようとしている共産主義となんら変わりに変わりがないのではないか、とすら私は持ってしまうのです。

    結局、どのような美辞麗句を垂れ流したところで、まともに運営できていないのが今の社会なのですから。それが理解できていないのであれば政治などを語る資格はありません。

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