孤独死は悪い事ではない 報道の孤独死の意見をプロパガンダとして疑うべき理由

By | 2017年2月15日
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孤独死は悪いことなのか

テレビや新聞をにぎわす老人の孤独死という問題がありますが、これは本当に悪いことなのでしょうか。

私には悪いことに全く見えないのです。自分の好きなように生き、そして誰の邪魔もせず自分の死ぬ運命を安らかに受け入れる。それのいったい何が悪いのでしょうか。

自分の生活を自分で、最後まで行なっていく。それは非常に人間的な最期のあり方の選択肢であると私は考えます。

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家族主義の延命の為の孤独死のプロパガンダ

マスコミの垂れ流す理想の最後のイメージとして、家族に看取られながら畳の上で亡くなるというイメージがありますが、そもそも今の社会において結婚もできない、子供も作ることができない、そんな劣悪な労働環境において、また年金もカットされようとしている、そんな社会において一体どんな現実とかけ離れた理想像なのでしょうか。

また、これらの報道の裏側には、「結婚をしないと孤独死をしてしまう」という恐怖のイメージの植え付けがあるような気がしてなりません。

つまり現実の社会問題を無視させ、そして感情にのみ訴え、そして結婚、や家族主義を必死で保守しようとする、そのような意図が透けて見えるような気がします。

私は結婚がそれはゴールであるとは全く思っていません。

確かに結婚当初は楽しいのかもしれません、しかしこれだけ離婚率が増え、また年金の問題があるがゆえに離婚したくても離婚できない高齢者世帯が多数あることを私は知っています。

結局、そういう人々に対し、「孤独死をするとこんなに惨めですよ」というプロパガンダを垂れ流しているように見えてなりません。

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結婚至上主義という社会責任の転嫁のプロパガンダとして

つまり、老人の孤独死というのはそれは例えばアパートの経営者であるとか、もしくはマンションの住人など、現に権利を有している者達が困るからそれを問題と言っているとも考えられるのではないでしょうか。

また、今の社会において晩婚化、そして単身化が進んででいますが、単身世帯での最後はどうなる、ということを殊更に悲惨な面のみを強調して言っているに過ぎないと思います。

私は孤独死が悲惨な最期とは全く思いませんが。

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まとめ 人は全て一人で生きねばならない

繰り返しますが、孤独死は悪いとは思っていません。

自分の死に向けての自分が準備をする、それらの状況を悲惨なものではなく、「人間らしい最期としての受け入れ」として認識する必要はあるのではないでしょうか。

自分の最期ぐらいは、誰にも口を出させることなく、自分が決めるべき究極の権利です。い

それをテレビの垂れ流すプロパガンダによって捻じ曲げてはなりません。

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