電子書籍は「悪貨」であり、時間の無駄、紙書籍の引き立て役にすぎない

By | 2017年1月12日
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「電子書籍」と自称するお粗末なテキスト

いろいろと理由があって、自称「ブロガー」が書いた電子書籍を購入して読んだのですが、まあひどい。

  • 何だこの編集は?
  • そもそも本として成り立ってない
  • 「書籍」など名乗るな
  • よくぞこんな文章で「ブロガー」と名乗れるな

今電子書籍で嬉しそうに「出版」している輩って、まともな出版社からお声の掛からない悲しいナルシスティックな人々なのでしょう。

悪貨は良貨を駆逐する、という言葉がありますが、まさにそのとおり。粗製濫造のくだらない電子書籍が書籍そのものを滅ぼさんとしています。下手をすれば、「書籍」という言語自体を貶めかねない自体です。

いや、電子書籍も存在していいと思うのです。それは例えば読み捨ての漫画であるなど、成人向け小説であるとか、そういった、ひっそりと文化の片隅に徒花のように存在するべきものであって、メディアとしては傍流ですよ。決して、絶対にメインストリームになっていい存在ではない。

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電子書籍は紙書籍に引き立て役にしかならない

ただ、それらの悪貨が増えるがゆえに紙の本の強みが生きてくるわけです。

紙の本は営業がいて、編集がいて、組版がいて、取次がいて、それは確かに旧態依然としたシステムかもしれませんが、少なくともそこに常識的な審美眼はかならずあるわけです。

それに対し電子書籍は、「作りたい者が作る」という、自己承認欲求に基づく玉石混交の「石」ばかりが増えるのでしょう。無論、「玉」もあるのかもしれませんが、それはごくわずかでしょう。。

自称「書籍」を名乗る電子書籍とは根底のレベルからして文化の背景の厚みが異なるのです。

電子書籍とは、これは当然提供側の独占をするために提供側のサーバー例えばkindle であればアマゾンのサーバがないと動きませんし、それは楽天にしても同じことです。

つまりそれはサーバーに障害が起こってしまうと早く今まで購入してきた電子書籍はすべて失われてしまうしまうという可能性があります

紙の書籍とは、何というの明かりさえあればどこでも読めるという普遍性の他に、きちんとした保存環境さえ整っていれば100年200年と保存することができるということがあり過去からの情報文明を引き継いで来た側面があります。

しかし電子書籍について、電子書籍のデータを保有しているのは提供側のサーバーであり、本当にそのデータが、紙書籍よりもはるかに短い期間将来、10年20年後ですら使えるのか、私は非常に大きな疑問をもたざるを得ません

電子書籍とは、所詮、漫画や成人向け書籍などを、いわゆる「読み捨て」のコンテンツしか扱ってはてはいけないメディアなのではないかと思うわけです

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まとめ

実際、今後は電子書籍を「出さない」事がステータス的な、つまりまともな作家であるという証明になるかもしれません。電子書籍は「誰にでも出版できる≒いかがわしい媒体」と確実になるでしょうから。

悪貨は良貨を駆逐しますその意味において、現時点は多くの場合、電子書籍は「悪貨」である場合が非常に多く、それは、所詮傍流であり、せいぜいが紙書籍の引き立て役に過ぎない、と言わざるを得ません。

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