エヴァンゲリオン劇場版の鑑賞方法 壮大なる「同窓会」としての映画

By | 2016年8月5日

最近、機会があってエヴァンゲリオンの最新の映画のDVDを見る機会があったのですが、 オリジナルアニメ放送当時の記憶と結びついて、複雑な感情を抱きます。例えば、シンジとレイとアスカの関係、これは私の若き日を思い起こさせました。


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ヱヴァンゲリヲンは面白く無いのが正解

ちなみに内容的には、エヴァというのはこのように「訳がわからない」でいいのだと思います。

当時はキリスト教文化のモチーフについてやたらと考察があったり、哲学論にまで踏み込んだ考察がされたりもしましたが、それも当時の厭世感的を表すモチーフで、そのモチーフの世界の広がりがあるがゆえに、様々なこじつけの見方ができる、と考えるのが適切ではないでしょうか。

現時点でのエヴァの見方は典型的な「同窓会」ではないでしょうか。 現時点で、新作の「エヴァ」が劇場版として公開されていますが、これらは、私と同じように、当時見ていたエヴァと重ね合わせる、いわば「同窓会」的な見方をされていることが多いのでは、と思ってしまします。

つまり、「ヱヴァンゲリヲン」とは、皆で当時の思い出を共有し、「懐かしむためのツール」+「少しのエンターテイメント」、と考えれば良いのではないでしょうか。そもそも論で、オリジナルアニメからして決して面白いと思えるものではなかったのですから。


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ヱヴァンゲリヲンは当時の記憶を呼び起こす

いわゆるテレビシリーズのエヴァが放送されていた当時、私は10代前半で生意気盛りの時期だったのですが、一応当時のサブカルチャーということでエヴァを全話見て、とくにハマる事もなく素通りしたのですが、今見るとエヴァの世界は当時の記憶を封じ込めた世界のように思えてしまいます。

ちなみに、当時の私の考え方、当時の状況、それらを私は後悔はしていませんが、当時思い描いていた未来とはずいぶんと異なった状況にあることも確かです。

当時私が付き合っていた女性は別の男性と結婚して一児の母ですし、その頃の友人の女性は若くして亡くなりました。当時の友人関係はほぼ、全て清算されましたし、私は当時思い描いていた姿とは全く違う形で生きていますが。

「同窓会」もしくは「終わりのない文化祭の前の日の準備」

例えばガンダムであれば、新しいシリーズが出て、ジェネレーションが新しく生まれてきますが、エヴァの場合、当時の世界観をそのまま流用した焼き直しであって、それ自体が、否定的文脈ではない意味で「終わりのない文化祭の前の準備の日」を作ろうとしているようにすら見えます。

今、エヴァ新劇場版がヒットをしている理由には、それら当時からの、個々の視聴者の持つ、過去の体験を思い起こさせるようなストーリーが、当時そのままのキャラクターで、同じ世界観の中で、「今」の技術で動いている、そんなところに一つの要因があるのかもしれません。

ただ、それを言うと、いわゆる日本の復活したヴィジュアル系バンド、例えばTHE YELLOW MONKEYであるとか、黒夢であるとか、X JAPANなどの、復活する「当時の思い出」、とは、ある意味では「同窓会ビジネス」といえるかもしれません…。

しかし、そういった同窓会ビジネスが真っ盛り、というのは、今の世代でまともに文化が育っていないことと同義語なのですが。


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