バトミントン選手の賭博の何が問題なのか?スポーツを神聖視する愚劣なスポーツ論を暴く

By | 2016年10月10日
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スポーツ選手に規範を求めること自体が間違い

以前、バトミントン選手がカジノ賭博に行った、と世間では大騒ぎしていましたが、全く問題の本質をついていない議論に思えてなりません。

バトミントン選手が賭博に行ったから、それがどうしたのでしょう。捕まっていないのですから万事OKじゃないですかね。無期限出場停止?全く理解不能です。

スポーツ選手に理論だとか規範だとか求めるほうが間違いでしょう。そもそも。

スポーツ選手なんて、あらゆるスポーツで言えることですが、ある意味「狂気」の世界の住人なのです。決められたルールの中でいかにして相手をねじ伏せるか、そのために肉体をいかに奇形的に進化させてゆくか、いかにして勝つための思考を身につけてゆくか、彼らの生活は全ては「勝つ」というたったひとつの目標のためだけに存在しているのです。そういった我々の一般の人々とは全く違う価値観の世界住んでいる人々であることを大前提として考えるべきです。

そんな人々に一体全体、何を求めるというのか。彼ら彼女らに対して求めることはただ一つ。

面白い試合をしろ

それだけですよ。我々はスポーツ選手に規範意識や人間としての振る舞いを求めているわけではありません。エンターテイナーとしての存在を求めているのです。

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利権によって歪められたスポーツの価値観

スポーツが文部科学省の後援、という時点でもう気が○っているとしか言えない。スポーツはエンターテイメントでしょう、と。何をそこに役人どもが馬鹿げた法的整合性を求めているのでしょう。そもそも逆なんですよね。スポーツは本来、エンターテイメントとして行われるべきものを、役人が介入して天下り先を作りたいがために文部科学省が介入して、大きな顔をしている。老害に潰される若手選手。ヒサン。

例のバトミントン選手たちは糾弾されるべきではなく、彼らは被害者です。この狂ったおかしな社会構造の。誰に迷惑をかけたわけでもなく、賭博など若気のいたりと笑って済ませればいいことでしょう。それを大げさに取り上げるマスコミも同罪。自分たちは安全圏にいるから、しかも政界も財界もスポンサーも絡んでいないスポーツ選手は格好の叩くターゲットですね。

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まずは佐野研二郎らを罰せよ

オリンピック村の中では乱交が行われていると聞きます。また、オリンピックのロゴデザインの醜いゴタゴタを見るまでもなく、スポーツを囲む利権構造は人間の醜さの象徴そのものです。バトミントン選手を責めるのであれば、その前に佐野研二郎ら血税を使い、世界中に国辱を晒した初代オリンピックロゴ関係者を全員獄にぶち込むのがしかるべき手順でしょう。

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