ゴミ分別をする必要は全くない、自治体の無為無策のツケと消費低迷

By | 2017年6月16日

本来、ゴミは分別する必要など無い

行政はゴミの分別を市民に強制しますが、それは正直な話、ゴミの分別とは全くする必要はないと考えています。

むしろ、そんな分別をするのであれば、全てのごみは一つにまとめ、そして、それを高性能なごみ焼却場を使って一気に燃やし、金属などの資源を回収する方向性を構築することこそ、よほど環境に配慮し、消費の刺激が可能なのではないでしょうか。

無論、それは金属やガラスなどについては一定程度の分別は必要はあるかも知れません。しかし、ビニール、紙ゴミ、生ごみを分別するような必要性は、本来は必要ないはずです。本来であれば、それらは「可燃」として、一つに集約し、然るべき性能を持った焼却炉で一度に償却するのが、ほんとうの意味でのエコロジーではないのでしょうか。

なぜならば、そのような分別をしてそれを別々の車で運送するエネルギーと、それらのゴミから再生して取り出す資源再生する件についてのエネルギーの損得割合を考えた場合、本当にゴミ分別をする事によるトータルでのエネルギー抑制できているのか、甚だ疑問です。

これらのゴミ分別の別の問題として、本来であれば行政の問題として解決されるべき問題を市民の善意で行っているにも関わらず、それがまるで義務であるかのように勘違いし、そして町内会の老人たちが誰に頼まれるでもなくゴミ分別のパトロールを行い始める、というこの国の極めて醜い現状をあぶり出す状況となっています。

ゴミのパトロールを行う老人達は、一体そんなことをする暇があるのであれば、まずは市の行政の予算の無駄遣いを糾弾するべきではないでしょうか。

本来、行政を糾弾すべき問題が、住民の相互監視などの、ゆがんだ結果として現れるのはもはやブラックジョークと言わざるを得ません。


広告


ゴミの分別は本来必要ない

高性能な焼却炉を導入する事によって、燃やす事のできるゴミを全て同時に燃やす事により熱エネルギーを取り出し、それによって発電を行い、それを送電網に乗せる方がよほどエネルギーの有効活用になるのではないでしょうか。
ペットボトルの再利用にしても、そこで作られたペレットなどの値段は国際情勢により大いに資源価値は変動しますし、それは買い取り値段が高い時はそれでいいのかも知れませんが、値段が安くなってしまう、そうなると、わざわざ市民が手間をかけてまで、それらの安い減量のために無駄な行動を、しかも市民の労働力と血税を使ってしなければならない事になってしまいます。

また、もう一つには、市内におけるそれらの資源業者との癒着があるのではないかと疑わざるを得ません。特にゴミの行政などにおいては、これは確実に有形無形の業者との何らかの関係性はある者と考えておいた方がいいのかも知れません


広告


地方公務員の給料を守るためにゴミ分別を押し付けられている

ではなぜ、そのような高性能なごみ焼却炉を導入しようとしないのか。それはその地域の公務員の給料を守るために過ぎないのではないでしょうか。

公務員は市民がどのような状態になったとしても、自分達の給料は守る、その自分達の給料も守るためにはゴミ処理場が老朽化したならば、市民にゴミ分別と言う名の労働を押し付ければいい、と彼らは考えているのでしょう。

まず、市役所職員は何がなんでも自分達の給料を守る、そのために市民がいちいち細かい分別せねばならない状況なのです。

これについては、政令指定都市などでは別かもしれませんが、地方レベルなどにおける県庁所在地市役所などでは縁故採用、コネ採用が当然の如く行われていると聞きます。そのような状況においては社会の常識が通用しないような、極めてゆがんだ言論状態になっているのではないでしょうか。


広告


ゴミの完全無料化こそ、消費改善の刺激策だ

ゴミの必要以上の分別の細分化とは、これは確実に消費の低迷を招いている事です。

一体、何が悲しくてゴミを出す時にいちいち細かく分けないといけないのか。そのような手間を考えるのであれば、商品自体を買う事に躊躇を覚えるのは人間の自然な心理です。

市役所の特権階級どもの給料を守るため市民に押し付けられる無駄なゴミの分別、そしてその結果として、その市の買い物の低迷、一体役人は何をしたいのでしょうか?

市役所職員は、結局自分達の給料さえ守れれば市民の生活などどうなっても構わないと言っているように見えてなりません。

エコロジー、など寝言を吐いてはならない

そもそも放射能汚染の地と化した東北において、何が一体エコロジーなのでしょうか。

これは私の住んでいる地域も同じような事があるのですが、これまで原発は絶対に安全だ、そして、原発はクリーンなエネルギーだと言いながら、現在放射能をばらまいています。

そして、それが除染作業などという、欺瞞に満ち満ちた行為をしながら、福島第一原発の爆発後に改定された放射能基準によって安全である、と虚言を垂れ流しているのです。

そのような状況下において、一体何がエコロジーなのか全く理解に苦しむ発言であると言わざるを得ません。

    ブログランキング・にほんブログ村へ    


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)