ゴジラが攻めて来ても日本は何もしない、「ゴジラ」はもう既に来ている

By | 2017年7月27日

シンゴジラかっこいいですが

サントラがかっこよすぎですですね。特に、メインテーマの悲壮な感じが素晴らしいです。この曲は、「日本のテーマ」としても使用できるレベルで素晴らしい。陰鬱な、破滅的な感じの曲調です。

日本映画と言うとこれまでトレンディドラマっぽい映画や、カルト的な映画ばかりが作られてきていましたが、悲惨、ひたすら無残な、見終わった後に無力感が漂うようなを、日本社会全体の傾向として作ると良いのではないかと思うのです。

カラ元気の明るい日本を装うような映画はもうやめましょうよ。

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実はゴジラはもう日本に来ている

いつも日本にはゴジラが来ているのでそれは、少子化、という名のゴジラが来ています。

少子化という名のゴジラは社会全体を縮小させ、国際社会での地位低下や様々なインフラの消滅、分かりやすい所では働く労働力人口の減少、地方自治体の消滅などの結果を生み出します。

それは怪獣とてのゴジラが物理的な、破壊として、わかりやすい形で行うのに対し、少子化という名のゴジラはそれは徐々に、いつのまにか社会を破壊していきます。とはいえ、それらはいくらでも対策を打つことのできるハズにもかかわらず、それを為政者たちは見て見ぬふりをしているのです。

映画では日本社会が勇ましくゴジラに対処するシーンが書かれますが、それに対して現実は残酷です。様々な問題が少子化によって引き起こされているにもかかわらず、それらに対してまともな対策は何一つ行われていません。

一体全体、現実的に対応できるゴジラが今、日本中で暴れまわっているにもかかわらず、それに対処することもできない社会が、実物のゴジラが現れた時にマトモに対応できるなどと、そんなことは到底考えられません。

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実際には「実力行動」はするのだろうけれど

さて、怪獣としてのゴジラに話を戻します。ゴジラが攻めてきた場合、当然、自衛隊は出動するでしょう。陸海空ともに。それは、為政者が「脅威と対応しました」という、わかりやすいパフォーマンスとして。

ただ、その場合でも映画のような勇ましい活動はしないのではないか、と考えます。

それは、自衛隊員の現場の勇敢さがない、ということではなく、為政者たちが「矛先が自分たちに向く」ことを恐れて、極力、死者が出ないような作戦とするのではないでしょうか。

すなわちゴジラという国家でもないものが自衛隊に死と直面することを強いる、ということについて日本世界はそれに向き合えない可能性があるのではないかと考えるのです。

事実、それは3.11における原子炉爆発の無為無策でも同じようなことは起こりましたし、勇ましいことは人間、いくらでも言えますが、実際その現場になった時に自分の死と直面した際に、社会に対する恩義など全く感じていなかったということを、全員が実感するのではないでしょうか。

むしろ、自衛隊員よりも、今「愛国、愛国」等と言っている輩たちはゴジラに対して自爆攻撃を行っていただけることを期待しているのですが、まあ、彼らは普段の言論など投げ捨て、真っ先に安全なところに逃げ、こう言うのでしょう。

「なんで日本政府は何もしないのだ!」と。

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つまり、何も期待してはだめです、ということです

とはいえ、少子化というゴジラだけでなく今後第二のゴジラとして、南海トラフ大地震でトドメを刺される日本、かもしれませんし、社会衰退は現在も刻々と進行しています。「ゴジラ」は休むこと無く日本を破壊し続けています。それを見て見ぬふりをしているだけです。

怪獣映画とはフィクションの世界であり、そこにカタルシスを求めるような空想的世界なのですから、そこでは美化された世界しか描かれない、のかもしれませんが。

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