リベラルと右派嫌いのための産経新聞の正しい読み方、大本営発表の広報誌として

By | 2016年9月28日

もはやお笑いの域に達しつつある産経新聞の正しい読み方を記述します。

御用新聞として、政府見解として読めば最も正しい

先の大戦において、新聞は国民に誤った情報を与え、その挙げ句の果てが特攻などという、未来有望な若者を犬死させた狂気の戦術であったりします。

そんな、本来、メディアがしなければならないこと、すなわち為政者の監視、を根底から忘れ去り、御用新聞として活躍するのが産経新聞です。

いわば、政府子飼いの御用メディアということですね。産経新聞は「新聞」ではなく、「政府広報」とでも名前を変えたほうが適切でしょう。

ただ、それは逆から見れば、「政府の意見を最も正確に代弁する」新聞であることは確かです。

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産経新聞の読み方は簡単。すべてウソと思って読めばいい

そのような、大本営発表の産経新聞。まともに読めば似ても焼いても食えない有害情報垂れ流しの資材と時間の浪費に過ぎませんが、「嘘」として読めば非常に面白い読み物です。

産経新聞に掲載されていること、すなわち、なぜそのような嘘を書く必要があるのか、というところが考え方のポイントです。

為政者が子飼いの新聞に情報をリークして世論をミスリードさせてみたり、本当は口に出して言えないことをさも世論であるかのように伝えてみたり。そういった、「情報操作」としての本音が一番濃厚に現れる新聞なのですよね。産経新聞は。

しかも、政府広報ではなく、「あくまでも新聞社」というスタンスなので、間違った情報や意図的に歪めた情報を垂れ流させても何の責任も為政者には生じない、という便利さ。

そもそも「新聞」ではなく、一企業が出版する「政府広報」ですから、フィクションも書き放題、都合の悪い情報は掲載しない、などの「ニュース」ではなく、「おもしろフィクションの読み物」として読む技術が必要とされる、ある意味では高度な読み物かもしれません。

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大した部数もない分際で、メディア気取りで上から目線の哀れな新聞

産経新聞は本人たちは「メディア」気取りなのかもしれませんが、私から見れば、三流も三流、三流新聞と名前変えたほうがいいんじゃないの?と思っています。

全国紙最低の発行部数。地方紙の中日新聞にすら負ける発行数。夕刊すら出すことができない有様。しかも紙面を開けば、大本営発表、言葉だけは勇ましい政府の犬。弱い犬ほどよく吠える、とは産経に送りたい言葉ですね。

ある意味、こんな新聞を出し続けることができる鋼の精神を持った編集部員に脱帽です。私だったら恥ずかしくて辞めてますよ。本当。

まあ、産経新聞が「全国紙(自称)」では最低購読部数というのは、まだこの国の人々が幾分まともな感覚を有していることは安心できます。こんな新聞が本来の意味での「全国紙」になったら日本も終わりですよ。レイシストとナショナリストが溢れかえる「美しい国」ニッポン!

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思想チェックにもつかえる。さあ、取引先の新聞をチェック

さて、煮ても焼いても食えない産経新聞ですが、有用な使い方があります。便所紙として使う、というのも正解ですが、そうじゃない。

産経新聞の適切な使い方としては取引先の思想チェックとして用いることです。

産経新聞を購読している企業は、大体おかしい。それはワンマン企業であったり、人権感覚が無かったり、取引先に迷惑をかけるレベルのブラック企業であったり。

それが大企業であれば、その企業の全体的体質が明らかにおかしいことの証左でしょうし、中小企業であれば、その経営者の誤ったナショナリスティックな、レイシズム思想を暴露している事にほかなりません。

どちらにせよ、そのような企業とはお取引を極力控えたいものです。巻き添えを食らってこちらまで大変な事態になりそうです。

現実的に、まともな労組がある企業では、絶対にこんな新聞を購読するわけがありませんし、社会感覚が正常な経営者であれば、産経新聞など絶対に購読することはないでしょう。

常識的な経営者であれば、たとえ産経新聞が包み紙であったとしても、それは「特殊な思想」を有している印象を顧客に与えかねないので、それを来客の目につく場所に置く事など絶対にしないでしょう。

そのような意味で産経新聞の企業の購読は、企業の思想的、行動的リトマス紙と言えるでしょう。

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