熊本地震の行政対応の不備は当然である。国民が震災時にまともな対応を受けられない理由

By | 2016年8月29日

そもそも行政機関は何もしてこなかった

地震が起こったら国や県が何かしてくれる、とか思い違いも甚だしいです。もちろん、本来としては我々は事あるごとにバカ高い税金を徴収されているのですから、一大事の時にはしかるべき対応を受ける権利はある。けれど、それはなされない。

考えても見て下さい。サービス残業放置、過労死放置、パワハラもセクハラも放置、若者は派遣労働で不安定な労働環境、でもコームインは縁故採用でバ○ぞろい。

格差の是正?なにそれ美味しいの?保育所の増設よりも老人施設!投票券のないガキなど相手にできるか!子育ては自己責任!

たとえば、それらの問題に対しあなたに対して今まで国や県は同情的な対応をしてくれましたか?無論、相談窓口はある。けれど、それは「先進国気取り」をするためのポーズ、フェイクとしての機関でしかありません。

普段、我々国民から「徴税することのみ」に必死になって、平時ですら本来、国民に与えるべき権利も、社会的公平性もまったく機能しないこの国で、震災時にまともな対応を受けられる訳がありません。所詮、「自称先進国」ですから!残念!


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責任逃れ、役人の保身のための被災者への対応

別の角度で見ると今回の熊本地震での行政の対応、その根底には「責任逃れ」があるのですよね。

救援物資が届けられない?そんなものヘリでもバイクでもチャーターして運べる所から運べばいいのですよ。電話くらい繋がるでしょう?

それをしないのは、「A避難所には届いたがB避難所には届かない」という、クレームを回避するための小役人の醜悪な責任逃れなのですよね。被災者がいくら困っていようと、再優先すべきは自分の経歴。さすが「優秀」なコームイン様だけはありますね。

逆に、行政や立法が被災者支援をするときは、それを子飼いのメディアに大々的に報道させて、当然のことを「さも誇らしい事でもしたかのように」報道する。

もしくは、それら対応の遅れなどの不都合さを覆い隠すための「お涙頂戴物語」の垂れ流しによる事実の隠蔽もしくは言論統制。


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役人の無責任に殺される「美しい国」の被災者

繰り返し述べていますが、「予算がない」というのであればコームインの給料削ればいいのです。

何のための「公務」員かと。縁故採用で税金で飯食わせていただいている分際なのですから、非常時くらいは国民、県民、市民の役に立とうとは思わないのでしょうかね。

つまりは、たとえ県民や国民が震災で飢え、エコノミークラス症候群で危篤状態になって、いくら困っていようが、役人は自分の責任回避が最優で、自分の給料の保全が大前提、ということです。

まったく、「美しい国」すぎますね(w


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