夫婦は独立すべきだ 専業主婦という昭和の遺産の価値観を捨てよ

By | 2017年6月26日
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本来、子どもは社会が育てるべき「社会的資産」だ

私はこのブログで何度も主張している通り、子供は本来は社会が育てるべき社会の宝であると考えています。

それは今の新自由主義体制下において、子どもを育てる事、子供を産む事は自己責任だと主張する社会とは、社会の再生産性、および社会の継続を放棄し、目の前の富を独占することのみを目的とする社会と等しい事です。

それらが問題の根本にある事を、一番最初に書いておきたいと思います。

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専業主婦という幻想的地位と、社会の歪み

専業主婦とは企業が女性を使い捨てにするための文化として定着し、そのため女性を低賃金で働かせる事について、企業がそれを正当化するための理由として定着してきました。

出産のために女性が退職をするのが暗黙の了解である企業や、または育児休暇が取れない企業などは山のようにあるでしょうし、寿退社などという言葉に代表されるように女性を一時的な労働者として使い捨てにするための、社会的な下地が有り、またその結果として雇用の不安定、それは結局のところ女性との離婚などの場合には男性にも降りかかってくることになります

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新しい社会への価値観としての夫婦

夫婦はお互いに経済的に独立するべきではないでしょうか。ここで私の言う経済的独立とは、それはたとえ手取りが10万円程度であったとしても、最悪、自分一人でなんとか生活して行く事ができる経済的な金額です。

そうすることにより、個人としての精神的な独立、それはひいては結婚での男女のパートナーにおける健全な独立性が得られるのではないでしょうか。

また、子供は社会が育てるという社会的共通認識があれば、離婚はもっと簡単に出来る社会になると思うのです。

今の社会では離婚はネガティブなイメージがありますが、むしろ私は離婚しない社会の方がよほどネガティブだと思うのです。結婚から年月が経過し、好きでもないパートナーと一緒にいるよりも、お互いが納得した上で別れ、また新しいパートナーを探せばよいのです。それこそが個人の幸せにつながるのではないでしょうか。

つまり、今の結婚制度とは社会的矛盾、それは例えば女性の低賃金や、結婚をしての寿退職などの、企業にとって使い捨ての、都合のいい人材を作るそのための受け皿として家庭が位置づけられているとい側面であるのではないでしょうか。

理想の夫婦とはプロパガンダの一種にすぎない

マスコミは理想の夫婦像を垂れ流しますが、それは個人の自由な関係性を抑圧するためのプロパガンダに思えてなりません。

また、別の関係性としては、別に夫婦は「子育てのパートナー」として存在し、そこに資産配分や養育費の問題さえ解決できるのであれば、夫婦それぞれに別の精神的パートナーが存在したとしても問題はないのではないでしょうか。

それができない、もしくは現実的に既婚の女性が嫉妬に陥るのは、それは女性の社会的地位の低さ、彼女達を低賃金の使い捨て労働者と認識する社会構造、そして子育てを家庭に押し付ける社会の歪んだ姿による被害者として、嫉妬の感情などの男性パートナーの独占に繋がっているのではないでしょうか。

そもそも、全く生まれも育ちも違う者同士が、「家庭」という枠組みにおいて、死ぬまで同居し、相互監視し合う行動自体が、昭和的な改良されるべき価値観であり、本来、夫婦とは、もっと自由な「個人」としての意思を尊重されるべき社会となるべきです。

それは保守派と呼ばれる者達は個人の尊重ではなく集団主義のその一番小さな単位として家族というものを位置づけている部分もあるでしょう。家族というものに社会責任の矛盾を押し付けることによって、社会問題を家庭問題へとすり替えをしようとする思惑が現在の社会から透けて見えます。

働くことをすべての中心においた社会

つい最近まで取り沙汰された労基法「改正」の議論においても、その以上までの長時間労働に対して、なんら具体的な対策は行われようとしませんでした。社会は、これまで長時間働くことが当たり前という社会を作り出し、その結果として「長時間労働がなければ社会は成り立たない」状況にまで悪化しています。

現実的に、ヨーロッパなどでは働く者の権利が確保され、短時間勤務が当たり前になりつつある中で、日本だけが自称先進国としては異様なまでの長時間労働となっています。

その結果がすべて家庭に押し付けられているのが現在の日本ではないでしょうか。「女性は家庭で子育て」そんなフレーズで。

夫婦がお互いに経済的独立をし、そして子育てはパートナー同士が協力し行う、そんな社会になれば社会は随分と変わるのかもしれません。

そのためにはパートナーを選ぶ際に一体お互いの人生において何を優先とするのかを、じっくりと話し合うことのできる関係が絶対に求められるでしょう。

それは結婚という人生の幸せのピークであるからこそ、その影の部分を直視するという、ある意味では人間性の究極的な問いかけになる議論かもしれません。

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