日本はすでに「核兵器保有国」である 侵略の際の原発による焦土作戦

By | 2017年6月29日
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原発という「国内向け核兵器」

日本では隣国の核兵器保有などについて非常に神経を尖らせている、かのように見えますが、もっとも、それは私から見れば危機感を煽るプロパガンダとしか見えません。

そのように危機を煽る事によって、国内問題から目を逸らさせようとする、そんな意図が透けて見えます。

さて、私はある意味では現時点で日本はもはや核兵器を保有している状態である、と考えています。それは正確に言えば核兵器ではなく、原子力発電所という「汚い兵器」になりうる施設が全国の至る所に存在する、という事実です。

3.11の東北大震災を見るまでもなく、原発とはそれ自体が、事故が起こった際に放射能を撒き散らす、ある意味では、「汚い兵器」とも言える存在です。それは逆に考えると、日本国内の海沿いに何十機もの原子力発電所が存在するのですから、それらを意図的に爆発させるならば、それは「国内向けの核兵器」と考える事すらできます。

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焦土作戦としての原発攻撃

自らの国の原子力発電所を、敵国が攻めてきた場合に、自らの国が意図的に原子力発電所を攻撃しその地域の放射能汚染を行う。

そんなバカな事はしない、と多くの人を思うかも知れませんが、しかし、戦術的に考えた場合、原子力発電所を意図的に爆発させる事により、少なくともその地域は敵国が占領したとしても何らメリットのない地域になってしまうのは確かです。

それは、永世中立国のスイスなどでは、他国が攻めてきた際に「自分達の国を占領しても全く価値がない」事を知らしめるため、重要なインフラ施設や道路に架かる橋などを自国が破壊するする計画を立てている、とさえ言われています。

それと同じように、日本でも、もし他国が攻めてきた場合、自国の原子力発電所を意図的に破壊する事によって、日本を焦土化し、占領する価値のない地域としてしまう作戦を取りうるかも知れません。

それはある意味では、もはや日本国内に何十機もの、物事実上の核兵器が存在している、とすら考える事ができるでしょう。

とはいえ、それらの原子力発電所を爆破する事による焦土化作戦とは、スイスの様な理性的な考えに基づくものではなく、時の為政者の場当たり的な、そして、ある意味では、悲壮感に満ち満ちた作戦として行われるのでしょう。知性があるのであれば今の日本社会の状況はこんなに悪化していませんから。

特に日本人は3.11以降、放射能については感覚が麻痺した、とさえ言える様なズサンな管理を行っていますが、しかし、これに対して他の外国は放射能についてそれを自国で問題化させないため非常に神経質な扱いになっている、事実もあります。

つまり、に他国の兵士にとってみれば、日本が自らの国の原子力発電所を爆破する「自爆」攻撃は凄まじい恐怖感を与えるのではないでしょうか。それは、まるでかつての大戦で特別攻撃隊を編成したかのようなインパクトを与えるでしょう。

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為政者は国民を救わない

もちろん、そのような行為を行う事は多くの人命が危機にさらされますし、また、少なくとも国内において一部地域の経済活動を全て破壊する事になります。

しかし、現在の政治を見ていると、それをやりかねない、とすら思ってしまうのです。

森友学園や加計学園などを見て分かる通り、この国の為政者達は国民に対し、何らまともな説明をしようとはしませんし、また、3.11における放射能汚染についても誰一人責任をとる事すらありませんでした。原子力発電所の爆発、という国土汚染しておきながら誰一人として逮捕されていない、それは、まさにこの国の無責任体質そのものです。

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一億玉砕の精神は何ら変わってない

もう一つ、私がこの原子力発電所の意図的な爆破による焦土化作戦が実際に行われると思う理由として、3.11以降における「絆」だの、「食べて応援」などと言った、為政者にとって極めて都合のいいプロパガンダがあります。

集団主義のマインド、それらは、かつての大戦の敗戦間際、プロパガンダスローガンとして流された、「一億玉砕」の精神がマイルドに言い換えられただけ、と思ってしまうのです。

実際、それらの集団主義的な傾向は地震の直後には自主規制という形でCMスポンサーすら巻き込んだ、国内の自粛という形で目に見える者となりましたし、その一方では爆発した原発を作った為政者に対する、何一つまともな処罰さえ行われていません。

まさしく、先の大戦の無責任さを再現したかのような状態になっているのです。

この様な傾向がある日本において、第三国から敵が攻めてきた場合、原子力発電所の為政者による意図的な破壊は、それは国民の「しょうがない」もしくは「絆」という言葉によって正当化すら、されてしまうと思ってしまうのです。

とはいえ、他国は「攻めて」こない

とはいえ、極東の島国である日本に武力侵攻したとしても、一体、何のメリットがあるのか、というのが現実的な国際社会における考え方でしょう。

そんな事をして国際的に孤立するのであれば、日本国を今のまま放置しておけば、人口減少で勝手に経済的没落になるのですから、その際に経済的に実行支配してしまえば、良い、という考え方を持つのが自然でしょう。

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