貧困を回避、予防するための、誰にでもできる読書という、簡単な方法

By | 2017年1月10日
reading-avoidance-poverty

結論から。

それは子供の頃から読書週間をつけることです。読書とはコミックのことではありません。コミックは想像力を奪い、時間を浪費するだけです。コミックがヒキコモリを作る一つの要因、とすら言えます。コミックは有害です。もしくは駄菓子です。駄菓子で成長はできません。

子供であれば然るべき児童書などの、年齢相応の書籍を読むこと、中高生以上であれば新書を読むこと。 目標としては月最低5冊。こうすれば年間50冊は読めます。

読書をする時間がない、とは、詭弁に過ぎません。かばんに新書一冊を忍ばせておけば、待ち時間などに少しづつ読めいます。待ち時間などの無為な時間を有用な時間に変換できる究極のツールです。

電子書籍は「本」ではありません。本を手に持ち、インクの香りを微かに感じ、本のページをめくる、という行為を通して、記憶は脳に定着されるのです。読書、という習慣を書籍を買うことによって得ているのです、無論、それは書店に買いにゆく時間も含め、です。


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貧困を回避するための書籍の種類とは

小説はあくまでもエンターテイメントです。無論、文学作品などもあるが、とっつきにくいので、対費用効果として考えた場合、個人差が大きいかもしれません。

言うまでもなく、自己啓発系書籍は論外です。あれらの書籍は「信者」を獲得するための一種の布教ツールにすぎません。

書籍はブックオフに行けば108円から買えます。くだらないスマホゲームのアイテムを買う金があれば本を読みましょう。スマホゲームは人生にとって時間とカネの浪費以外の何物でもありませんが、然るべき書籍を読めば、それは一生の糧となります。

読書はすぐに役に立つものではありませんが、その後の人生に必ず役に立つものです。それはまるで月々の知識の積立預金のようなものかもしれません。いずれ知識は蓄積され、それが必ず良い方向へ向かうのです。


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読書の環境について

読書は一人で行うものです。孤独の時間を有意義に使う方法、そして見聞を広めること、それらは貧困という、愚劣なる社会の状況に対し必ず役に立つ事です。

読書とは「受け身」のみの行為ではありません。必ず読んでいる時に自分で考える。なぜ、著者はそのようなことを言っているのか。何を目的として言っているのか。それこそがほんとうの意味での読書の目的かもしれません。著者の言うことを鵜呑みにしてはなりません。

政治的側面においては「左」「右」の書籍ともに読むべきです。間違ってもレイシストや自国を無条件に賛美する盲目的ナショナリストの書籍を読むべきでありません。

無論、それらを批判的に読み、思考の幅を広げる、という行為は否定しませんが。


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