格差を固定を強要される地方、もしくは日本社会の問題の最先端としての地方

By | 2017年2月1日
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なぜ地方は文化的に発展しないのか

地方の村八分であるなど、地方の風習であるとか、それは例えば強制参加の祭りなど、それらを私は本当に嫌いです。いったいこの人々はいつの時代で止まっているのだ、と本当に疑いたくなりますね。

なぜ、このように地方が保守的で発展をしないのか、その理由は、為政者の選挙の当選のための票田であるのも一つの理由です。


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地方とは助金漬けである

つまり為政者の確実な票田にするため、補助金付を市町村単位で交付し、それを地域の役職が肩書についたボスザルに与え、そしてそのボス猿の言うことを聞くような風土を作るために、あえてそのような地方の風習を温存させている意図があるのではないかと私は考えます。

これだけ今、ウェブで情報が発達しているも関わらず、未だにその地域の風習であるなど、もしくは祭りであるとか、そのような迷信が延々と残されていのも、それを良かれと言っているのも、ようなそういう価値観が根底に絶対あると考えます。つまり、ボス猿を中心とした、票田としての地方の温存です。

具体例としてわかりやすいやすい地域としては、原発のある地域でしょうか。

地方に原発を作ってしまえば、その地方は原発の補助金べったりになりますから、補助金を切られるとボス猿以下、生活が困窮してしまうので、何が何でも「お上」の言う事を聞かないといけない。例えその近隣地域の市民、市長が原発が危ないから止めてくれと言っても、

「いやいや、我々は補助金がないと生きていけないから、原発が危険だろうが何だろうが原発を維持します」

とボス猿以下、口をそろえて言っているような地域の例は全国に中で行われているのでしょう。


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問題を見て見ぬふりをするのは為政者の常のパターンである

現在の為政者の政策を見ていると、サービス残業や過労死など、それらは無為無策の典型例ですし、そんな状態において、地方のボス猿以下、「お上」の言うことを常に顔色を伺っている、そんな文化が残された地域を積極的に直すわけがないです。例えそこの一般住民が困っていようが村八分があろうが、そんなことよりも為政者の票田のほうが重要なのですから。


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まとめ

地域の保守性、後進性ゆえに、何もしないで放置して、カネさえ与えておけば、しか為政者は次の自分の選挙での当選を確実できるのですから、地域の保守性は当然です。

そのため、常識的な知識のあるその地域の若者は都市部なり、地方都市部に行き、それらの地域と縁を切ろうとする。何を隠そう、それは私の事なのですがですが。

つまり、地域の保守性とは、本来、最も日本の直すべき文化が今も厳然として存在する地域、と見るのが最も正しいもの見方なのかもしれません。

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