なぜ学校はくだらないのか、教師の異常性、もしくは学校環境の異常性を知るべきだ

By | 2017年4月10日

今年も学校の生徒が教師によって生徒が多く殺されています。

  • 人間ピラミッド強制による人間ピラミッドの崩壊による殺人
  • 部活の顧問教師の暴力による殺人事件
  • いじめへの不作為行為で自殺に追い込む殺人事件

これらの体罰もしくは異常な行為を行った教師は、せいぜい、懲戒免職程度の軽い処分で済まされてしまいます。

普通は、これらは殺人行為なのですから、本来は刑務所に十年以上入るべき事例です。そんな、当たり前の社会としての教師に対する責任の取らせ方ができていない。

このような異常な処分がまかり通るのは以下のような理由が最たる理由として考えられます。

教師の無謬性

つまり教師は国家の考えを教えるものであり、「国家の考えを教える者が間違った行動するはずがない」という、無謬性に基づく欺瞞です。それを結果として生徒に押し付け、今日もロクデモナイ教育が行われているのです。

実質的な体罰の黙認

日本は体罰を法律では禁止しているもの、実質的にはそれを黙認しているという現実があります。

教師に対し体罰への厳罰を伴う厳格な法対応を求めれば、「教師を萎縮させる」などという、ふざけた大義名分を振りかざす有様です。

もちろん、今の子供の貧困、貧困社会において貧困家庭などにおける社会的無責任の被害者としての問題ある生徒が発生することは十二分に理解できます。

しかし、それを上から押さえつけるような、体罰的指導によって問題が解決できるのでしょうか。無論、それらの生徒の傍若無人、いじめにより他の生徒が被害を受ける、などは論外ですが。

本来、それこそ「法による統治」される国家として、いじめ問題などは被害者救済、加害者の罰則などによる、「法治国家の一員」としての自覚を教えるべきが学校のはずですが、現在それは全くできていません。

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法による統治を学校で行え

学校内で生徒の問題行動がある場合、そこに警察を介入にさせる、警察OBを常駐させるなどの毅然たる法的対処による対応というものを求めるべきでしょう。

法による社会の統治、それこそが社会が社会たる根幹です。それが学校という枠内で法が無視されて良い理由はありません。

なぜそれが出来ないのか、それは警察、文部省が別の省庁の管轄下であるというお役所根性があります。

また、お役所根性独特の「問題を起こすことによって教員のマイナス評価につながる」という、悪しき役人の「常識」が教師にあります。

つまり、役人根性丸出しによって、それによるおかしな価値観が学校の中で形成され、そこで生徒は殺されているという現実です。それは、いじめ、教師の体罰、その両方共に言えることです。

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学校の問題は社会の縮図だ

また、より社会的な視点で考えれば、貧困の家庭の子供がヤンキーや不良生徒になること、すなわち思想的な貧困もしくは刹那的な思想や快楽に溺れてしまう原因とは、社会が子供を育てることを放棄している、または子供を育てることは自己責任と為政者が吐き捨てている社会、それが最も弱いものにしわ寄せがより、それが子供の非行に結びついているのではないでしょうか。

公的教育における体罰、いじめの放置、それらの問題に対しての教員への異常に軽い処分、それらはすべて公務員の不作為、もしくは厳然として生じている問題の見て見ぬふりの究極的な結果、もしくは国家の三流具合として考えられます。

教育こそが今後の社会を支える、もっとも重要なインフラです。愚劣な箱モノを作ることがインフラではありません。箱モノを作ってもそれは何年か経てば劣化し、そして税金を食いつぶす存在にしか成りえません。

教育分野の公務員に殺される社会の宝である生徒が存在する現在、その深刻さを今すぐ認識し、改めねばそのツケは確実に近い将来の日本に跳ね返ってくるでしょう。

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