社会を維持持続させるために個人の尊重が必要である理由、傍観する社会

By | 2017年8月8日

シングルマザーの貧困による教育格差

今、シングルマザー世帯が貧困に陥っている、などとニュースで盛んに叫ばれますが、これに対して行政は何一つ具体的な対応策をしようとせず、自己責任と罵っています。

それはシングルマザーとは、この国の将来を担う人材を抱えた環境であり、シングルマザーの母親が困窮状態陥っている、こととは、子供に対する教育の貧困と全く同義語です。

この国の将来は教育こそが、日本の将来的な国際的地位の保証、もしくは今後の国際社会での存在感を示していくための最低限の条件であるにもかかわらず、それを放棄している行為に他なりません。

たとえ家庭の経済的な状況がいかなる状態であれ、子供本人が学びたいと思うのであれば、それはあらゆる手段を使って教育の機会を与えるのが本来の国家の目的ではないでしょうか。それはまた、所得の再配分を行うべき立法の責任と重なるものです。

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財源はコネを切り崩せ

シングルマザーが貧困にあえぐ一方で、地方では血縁やコネで採用された市役所、県庁の職員が我が物顔でのさばり、自分達の給料だけは絶対に賃下げをする事のない、そのような状況になっています。

全くこれは愚かしい現状維持と言わざるを得ません。公務員の給料を半額以下に切り下げ、その財源を持って子供達に教育を与えれば、その子供達は就職をし、納税者の一員になった際には必ず納税を通じ社会に還元されるのです。

しかも、それは子供達が就職してから定年するまで何十年にもわたって還元されるのが確実であるにも関わらずです。

それらが行われない原因とは、この国の行立法が目先の地位の保全に汲々としていると考えるのが極めて自然な考え方です。また、本来、それらの問題について国民は怒りの声をあげればならない、にもかかわらず、それができていません。

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離婚できない社会こそ不幸だ

シングルマザーが発生する原因、それは多くの場合、離婚であるのですが、これらの離婚は私は決して否定されるものではないと考えています。

なぜならば、人間とは男女ともに価値観が変わりそして、価値観の異なる者がパートナーとして存在する事によってギクシャクした関係が生まれそして、お互いに顔も見たくないようなパートナーと過ごさざるを得ない状態になることは、現実的に生じます。

しかも、それはこの社会の無為無策の結果によって、子供を貧困にさせないため「のみ」に離婚ができない、その状況は明らかにおかしな状態であると思うのです。

それは、社会の矛盾を家庭に押し付け、その結果としての離婚のしづらさと言えるのです。

それはこの国考え方の根底に息づく全体主義であると言わざるを得ません。

全体主義によって家庭が抑圧され、その結果として個人の権利の抑圧、つまり、離婚したとも、できない状況になっているのです。

教育とは、それは社会が究極的に果たすべき責任であると考えます。教育によってこそこの国の将来の明るさが見えてくるためです。

教育は社会責任として考えられるべき事項であり、それは個人の自由を保障する行為とも全く等しい者であると考えられます。

つまり、夫婦仲がおかしくなったのであればそれは即座に離婚し、互いに新しいパートナーを探す権利が尊重されるべきですし、シングルマザー、シングルファザーになったとしても、子供が教育の機会を奪われる事は絶対にあってはなりません。

「教育は自己責任」と罵る保守派達は、この国の将来を破壊し、現在のすべての人々の権利を抑圧していると言わざるを得ません。

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戦後、この国は何一つ進歩していない

この国は敗戦後に新しい憲法、それはある意味では理想的な憲法を与えられましたが、保守派や為政者はそれを罵り、全体主義国家に戻そうとしています。

そのような戦前から何一つ変わっていない根底的な価値観が蠢いている為、現在このような社会状況になっているのでしょう。

財政危機そして、少子高齢化と言われますが、一旦この国は落ちるとこまで落ち、その際に考えざるを得なくなった状況こそ、本当の意味でのこの国の国としてのスタートラインに立つことのできる状況なのかも知れません。

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