ボランティアを老人が行うことの問題点、老後の精神的な貧困と社会の責任

By | 2017年5月2日
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老後のボランティアと実はいちばん貧しい

結論から言うと行政のボランティアなどをする、その本当の意味とは、自分で何かをする事ができない、だから行政の下手人に成り下がるのです。

こどもの交通整理、商店街の違法駐車のイチャモンつけなど、もう、本当にロクデモナイ、下手人達です。

そこに彼らの思考停止の安っぽい「正義」の胡散臭さをありありと感じてしまいます。

彼らはいったい60年以上も生きてきて何が悲しくてそんな行政の下働きを喜々としてしているのでしょうか。本当に疑問を感じざるを得ません。

私も車で通勤するのですが、横断歩道の前で嬉しそうに黄色い旗を振り回す老人どもを見ると、本当に極度の苛立ち感じます。

朝の渋滞でこちらもカリカリしている精神状態で、そのような老人達が黄色い小旗を振り回しながら子供たちを誘導している彼らは、それを正義心と思ってやっているのかもしれませんが、私からすると著しく異様な行為に見えてなりません。

自動車相手に小旗を振り回して小役人根性の真似事でも行いたいのでしょうか?

そのような行動を公衆の面前で行い、恥ずかしくないのでしょうか?それらの行動を「晩節を汚す」と言うのです。何がボランティアでしょうか?何が地域の社会貢献でしょうか?そんなことをするほど彼らは暇なのでしょうか。(実際そうなのでしょうけれど。)

それは一見良い行いをしているように見えて、単にその者の人生が空虚であることを満天下に示していることにほかなりません。

何が悲しくて、老人になってまで、彼らは行政に行政の下働きをせねばならないのでしょう?

恐らく彼らは、自らが行っている行為を恥ずかしい事、浅ましい事であることが理解できないのでしょう。もはやそもそも論で価値基準を飼いならされた全く悲しい人生と言わざるを得ません。

無論、通学する学童を守る行為の必要性は理解できます。しかし、それは「ボランティア」などではなく、警察官や教員がすべき事です。

それを無料のタダ働きで仕事を丸投げすべきではありません。何のために我々はバカ高い税金を公務員に払っているのでしょうか。

また、それらの事業は、公務員の他には引きこもりやニートなどの社会復帰の促進策として行わせるべき事業ではないでしょうか。本来あるべきところにあるべき人材を配置する、それが全く機能していないと思わざる得ません。

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老後こそ自分の人生の収穫期だ

リタイアしたのであれば、本当に自分のしたい事をすればよいのです。死ぬまで現役、それも大いに結構です。自分のしたい事をするために老後はワクワクしてしょうがない、と人生を楽しむ人を私は何人も知っています。

また、これらの「ボランティア老人」は別の味方をすれば、趣味の時間すら作らせなかった日本企業の慣れ果てとしての光景と言えます。

つまり、老後にそのような行政の下手人に成り下がる人生を送られねばならないのは、自分が没頭できる趣味がない、もしくは一生続ける事のできる仕事環境にない事が最大の原因として挙げられるでしょう。

それは人材を使い捨てにし、そして自分で考える事を放棄させ、上司の顔色伺いばかりをさせてきた日本企業の責任とも言える事ができます。

日本の企業の体質は働く者が幸せになれない体質である、そのような事を彼らは示唆しているのです。

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現在の老人の姿は企業社会の問題点をさらけ出している

つまり道端で小学生の列を整理しているその老人は、一見好ましいボランティアの姿のように見えますが、それは現在の日本社会の貧しさを示している光景なのではないでしょうか。

今後、老人問題とは日本社会に影のように覆いかぶさる問題となるでしょう。そのような問題の一端が、朝、通勤をするだけでわかることができる、そんな一例です。

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