無職の生活期間に学ぶべき最大の事柄を解説、人生をより良くするための無職期間

By | 2016年10月29日

※2016年11月9日 追記

無職期間の生活

当時私が辞めた会社はブラック企業であり、そんな企業を生み出したのは日本社会ですから、なぜ社会に対して消費という貢献をしなければいけないのか、という確固たる信念を持って貧乏生活をしていました。

生活というのは実は一人暮らしで常識的な住居選択をしていれば10万円以下で完結できてしまうものです。ですから別に貧乏生活実態が全然苦とは感じていませんでした。

当時ほとんど私は物欲というものがなく、食べるものを近くのスーパーで買ってきて、それを料理して食べ、そして夜な夜なネットを見る、そして原付でドライブに行く、そんな生活をしていました。

例えばパソコンにしても全然中古で買えば数万円で買えてしまいますし、高価なパソコンを買わなくてもインターネットは全然可能です。

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無職期間に身につけるべき生活方法

無職期間というのは、そういった「慎ましやかな生活」を強制的に身につけるべき期間ではないでしょうか?そして、社会の不条理さを知るための期間でもあります。

今の不安定な世の中、仕事がある=将来は更に生活が良くなる、ではありません。東芝の家電撤退、パナソニックの青色吐息、それらを見るまでもなく、日本社会全体が衰退過程に入っています。

たとえ就職したとしても、いつ、無職になってもおかしくはありませんし、無職期間とは将来的な日本社会全体の経済没落に備えるために、個人で、できうる慎ましやかな生活を習得するための期間、と考えるべきです。

様々な物を買う人がいますが、それもある種の才能なのではないのか、と思います。私はモノを無料で譲ってもらえるとしても躊躇することが多々あります。 モノがあると場所を取りますし、車などの場合、維持費が馬鹿にならないですし。 何か新しいものを買うと、またそれによって別の新しいもの欲しくなる、そういう無限連鎖なのですから。

そんな生活は明らかに日本経済には貢献していないし、するつもりもありませんでしたし、今でもありません。私は、社会も会社もまったく信用しないと誓っているので、今後も当時のままの非消費的生活を継続するのだろうと思います。

私には物欲という才能はないです。そんな感情は今後、社会制度がある程度まともな状態になって、それ相応に将来への希望が託することのできる社会になれば変わるのかもしれませんが、極めて望み薄でしょう。

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慎ましやかな生活は身を助ける

実際その後、私は何度か転職を経験するのですが、私の場合、辞める前に次の会社を決めておく、ということはほとんどありませんでした。

なぜならば慎ましやかな生活をしておけば、会社を辞める際には、退職後、1年程度は暮らせるぐらいの貯金が貯まるからです。

例えば、社会が数十年前のような、一定程度の経済成長している状態であれば、自分の生活を少しずつでも良くしていく、という選択もありかもしれませんが、しかし現在の社会を見ていると、どう見ても成長していくとは思えません。むしろ、更に悪化してゆくでしょう。

欲望の無限連鎖を動かすためにテレビはある

無職期間にダラダラとテレビを見ることはすべきではありません。テレビを見る暇があるのであれば、図書館に行って本を借りてきて読みましょう。それらの知識は今後の生きるための糧になります。

消費の拡大、それは現在の社会で言うならば、物欲という才能の開発です。さあ、マスコミの皆さん、テレビでプロパガンダを垂れ流し、お得意の世論誘導で消費拡大ですよ。もちろん、私は時間の浪費の最たる道具、もしくは大本営発表のテレビなど一切見ませんがね。

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