新興宗教と芸能事務所の対決に見る、テレビそのものの不要さ

By | 2017年2月14日
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傍観者としては非常に面白い構図

新興宗教vs芸能事務所の対立構図になっていますが、これは傍観者としてみるならば非常に面白い構図ではないでしょうか。それは、その両方ともが自分の生活にとってなくても全く構わない、もしくはそれらは人生において関わる事を避けるべき存在と言えるからです。

テレビそのものが不要

今回ある女優が新興宗教に出家する事が話題になっていますが、そもそもテレビというメディアやタレント、女優そういったもの自体が不要であると私は考えています。

テレビドラマとはスポンサーや為政者の考えを一般の国民に、さもそれが当然であるかのように、もしくは、憧れであるかのように伝えるためのプロパガンダメディアにすぎませんし、またバラエティ番組などに至っては、これは動物園のサルがオリの中で騒いでいるのと等しい、全く見るに値しない時間の無駄と言うべき番組です。

無論、ニュースなど一定程度意味のあるものもありますが、それにしたところで動画配信をインターネット上で行えばいい事であって、テレビ自体がもはやオールドメディアの代表で滅ぶべき存在といえるでしょう。

テレビ役者は消えても何ら問題ない

この出家した女優は給料が20万円もしくは5万円、などと色々と報道されていますが、どちらにせよ芸能事務所の存在自体が私は必要ないと思います。

なぜならば、テレビ以外に舞台という表現がありますが、そこでは彼ら彼女らは自分たちでバイトをしつつ、真摯に舞台という表現手法を行なっているからです。

それはテレビや映画でちやほやされるために女優をやっているのと全く異なる事です。そのような真剣な若者たちが存在するにも関わらず、テレビ向けのタレントや女優というものを事務所を作ってまで管理し、搾取する必要は全くないように思えてなりません。

もはやテレビや芸人は存在自体が必要ない

もはや私はテレビやテレビ女優そのもの自体が、基本的には不要だと思います。

それらはオールドメディアとその関連産業であり、時代の流れの中で滅ぶべき存在です。

そして、それが今回の新興宗教と芸能事務所の対立により、より明らかに浮き彫りにされるのでしょう。

この新興宗教は様々なメディア、特に地方新聞、地方のテレビ局などに多くの広告を出しているようですし、そうなると当然スポンサーの意向として、それらの宗教団体の意見も無視はできない、という状況になるでしょう。

また、芸能事務所でのタレントを使って番組を作るという意味においては、芸能事務所も「擁護せざるを得ない」状況になるでしょうし、今回の問題は、芸能事務所側につくのか、それとも新興宗教側につくのかによって、非常に取り扱いが異なるものとなる可能性すらあるかもしれません。

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ウェブ社会に取り残されたテレビ

どちらにせよ、私はもうテレビは存在の必要性が失われたオールドメディアであり、その役割はインターネットとラジオに引き継がれるべきであると考えています。

今回の女優の新興宗教への出家騒動は、それらのオールドメディアの腐敗の究極点、終焉の断末魔と見るのが正しいのかもしれません。

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