醜い非寛容文化としての不倫報道に見るこの国の醜悪かつお手軽な正義

By | 2018年1月30日
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不倫は個人の問題だ

記憶に新しいところでは小室哲哉氏の看護師との「不倫」。また、少し前では斉藤由貴氏の不倫報道などがありましたが、芸能人やミュージシャンが不倫をしたからといって「それがどうした」と思ってしまうのです。それも芸の肥やしでしょう。

お互いに良い夫婦関係が途絶し、冷めきった関係を継続するのであれば、お互いが自由な恋愛をするのも、それはそれで否定されるべきではない、と考えます。

そこにゴシップ根性で人様の家庭に首を突っ込んで、人様のプライベートの生活すらも破壊しようとする、それはまさしく「売文屋」と罵られかねない週刊誌根性と言えるでしょう。

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大義を振りかざす安っぽい正義感

不倫そのものは褒められた行為ではありませんが、法律違反では全くありません。

週刊誌のゴシップ根性とは、不倫を公表することによる「お手軽な正義」を読者に与えることでしょう。別に芸能人やミュージシャンはテレビやスクリーンの中でさえ潔白であれば全く問題ないと思うのです。

先の小室氏の不倫疑惑にしても、同じ事です。彼らは芸能人一般人とは全く異なった存在なのですから、そんな彼らに潔白さを求める事自体がそもそも、おかしな事です。

もちろん不倫報道について、我々の税金で食べている役人や政治家については、徹底的に糾弾をすべきでしょう。それこそがジャーナリズムに求めらる権力の監視者に他なりません。

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目の前の問題には何一つ発言できない卑怯者達

むしろ、結婚後、冷めきった関係を続けるよりは、一定の年齢を過ぎたとしても、恋愛を楽しむ事の許容できる社会のほうが楽しいと思いますが。

いかなる形であれ、社会が恋愛を寛容に推奨する事によって、少子少子高齢化対策に対し問題の解決となると私は考えます。

別に不倫をしたからといっても、それをパートナーのお互いが納得しているのであれば、全然問題ない、とすら思ってしまいます。

そもそも、女性は家庭で子供育てる、そんな典型的な価値観それ自体が私をおかしいと思っていますから。

子供を産めるのは女性しかいません。女性が子供を産んでくれた後は、子供は社会が責任をもって育てる。

それでよいのではないでしょうか。不倫報道に溜飲を下げるものたちは、「子供を育てるのは家庭の責任だ」とでも考えているのでしょう。

一体どこの昭和の思想なのでしょう。そのような旧態依然なアナクロニズムに満ちた考え方が不倫報道を喜ぶ者達の根底思想なのでしょう。

つまり、不倫報道を喜々として受け入れる一般庶民、それを「正義」の名の下に垂れ流す週刊誌、その双方ともに旧態依然とした価値観にある事を告白しているに過ぎません。

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