AIは人類の脅威となる、人類は無生物との戦いに巻き込まれる事になる

By | 2018年2月21日
ai-threat-future

表面上の明るい、もしくは暗い未来予想は本質を語らない

私はある技術系の仕事をしているので、自分の住む世界が10年後もしくは、50年後どのような技術を有しているかについて、非常に楽しみな部分があります。

ただ、その時代は、今そもてはやされているAIの知能が進化し、人間の能力をはるかに超える、などと言われています。そして、そこではベーシックインカムによって人間が住みやすい社会が作られる、などと予想がなさきていますが、私はそのような予想にはあまり賛同する事はできません。

また、将来はAIによって仕事が奪われ、もしくは、AIによって色々な事がこんなに便利になる、などと書くのは、だいたい経済記事はもしくは、仮想通貨を売りつけようとする者達の、話の枝分かれとして語られる事が多いような気がします。

AIが人間の仕事を奪う、それは確かにある一部分はあるでしょう。とはいえ、社会問題として「忖度」という言葉もあるように、AIは絶対に「人間の気持ちを想像」をする事はできないでしょう。つまり、人間者は人間と人間とのコミュニケーションで動くのですから、予想ほどはAIが人間の仕事を奪う事はできないと私は考えています。

だいたい、これらの未来予想は何らかの産業界の紐付きの話題として語られることが多いのですから。

広告


AIは人間の存在そのものを否定しかねない

むしろ、AIが奪う者は人間の仕事などの甘っちょろい考え方ではなく、人間の存在そのものなのではないか、と私は考えています。

むしろ、このままAIが発展する事によって、もたらされる未来とは暗澹たる未来に他ならないのではないか、と私は考えています。

AIが人間の能力を超える事は確実でしょう。それは必ずAIが人間に対し牙を剥く瞬間が将来的に生まれる事は不可避でしょう。

もちろん、それはAIの開発する者は、その危険性をよくわかっているがために、そのような事がないよう、必死に安全弁的な動作を組み込み、AIの思考を人間が制御できるように開発をするのでしょう。

しかし、そこに悪意を持った人物、もしくは、グループもしくは、カルト宗教のような集団かも知れませんが、それらが存在した場合、意図的にAIを暴走、もしくは悪意を注入させる技術を開発しようとするものが必ず出現するでしょう。

もし、それらの開発が可能になった場合、個人やグループが現在の核兵器よりも更に恐ろしい存在を手に入れる事ができるのではないか、と考えるのです。

広告


兵器としての将来的なAIの存在の可能性

すなわち、AIは人間を破壊する存在の鍵を持った人間、しかも、それは情報であるがために他人に容易へ譲渡、移動する事のできる、見えざる脅威の鍵を持った人間を再生産する事が可能になります。

今までの核兵器の場合、非常に多くの手間隙を必要とする「物体」として存在します。また、そこには特殊なマテリアルも必要でした。

ところが、今後AIが何らかの突発的な異常的な進化をした場合、そして、それが一部の人間しかアクセスできなくなった場合、それは世の中を破滅させる「情報」を一部の人間が持つ状況になります。

それは人類史上かつてない状態と言えるでしょう。

人類は、そのようなAIを利用する悪意を持った人物や集団と戦わざるを得ない未来を迎えざるを得ないのではないか、と私は考えています。

広告


すべての技術は無理矢理に人間が押さえ込んでいるに過ぎない

私はそもそも技術職であるが故に、機械は人間にとってフレンドリーな存在ではないと考えています。

今、ヒューマノイド型ロボット、それは二足歩行ロボット、トヨタの出している音声ナビロボットなどがありますが、それは人間が無理やり外見的に可愛く見えるようにデザインしたものです。

おそらくAIがデザインする知性とは、人間の想像をはるかに超えたビジュアルとなるでしょう。無論、言うまでもなく、それはビジュアルなど全く存在しない可能性が高いでしょうけれど。

そして、それを暴走させる「鍵」は、恐らく、「ある瞬間」に「誰か」がふと気づく事になるのではないでしょうか。

そして、その鍵を増殖させる事によって、社会を破滅させようとする、そのような人物が必ず出現する考えます。

とはいえ、このようなAIによる悲惨な未来予想は公的に発表される事は絶対になく、多くのメディアはおおむねは楽観的な予想しかできないでしょう。

そうしなければ、世の中に対し1999年のノストラダムスの大予言のような恐怖を与える事になってしまうからです。

ただ、私はこのブログは個人ブログであるがために自分の好き勝手な事を書いているだけです。

私はある分野の技術者として、「技術とは、決して人間に対してフレンドリーではない」との感覚を日頃、いやというほど味わっています。

一見、フレンドリーに見える技術とは、それがは人間が法律や技術によって無理やり押さえ込んでいるだけです。

たとえばハイブリッド自動車に積まれる走行用バッテリーは、そのバッテリー容量を悪意を持って使用すれば、大爆発を起こす事も可能です。

それはバッテリーに限らず、ガソリンでも全く同じ事ですが。

技術とは、その危険性者を極力、表面上は見せないようにして、今の文明は成り立っているに過ぎません。

決して、人間を超える知性を持ったAIが出現する未来は明るいと私は思いません。

広告(アフィリエイト)
    ブログランキング・にほんブログ村へ    


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)