ブロガーは近い将来、人を殺す事に加担する 改憲とブロガーたちへの予言

By | 2018年5月2日

ブロガーは将来的に人を殺すことに加担する

今非常に過激なタイトルですが、おそらく、こんなネタは他のブロガーは誰も書く事のできないネタであろうと思うので、私が書きます。

ここに書いている事が数年後もしくは、何年後か現実として起こりうる可能性が十二分にあると私は確信しています。

まず結論から書きます。ブロガーはいずれ行われるであろう憲法改正の議論の際に、広告代理店などから金銭を受け取り、憲法改正版にとって都合のよい記事を垂れ流すのではないか、と私は考えています。

それはすなわち、戦争に賛同する事、徴兵制に賛成する事、徴兵後の派遣先の地で「敵兵」を殺す事に賛同する事とイコールです。この国において憲法の基本的人権は、生活保護の「水際対策」に見られるように、役所の都合で蹂躙され、また、ブラック企業などの社会的問題を放置したままです。

おそらくは「憲法改正を行う」という既成事実を作るがために、まずは緊急事態条項や環境権などの当たり障りの良い条項からまずは着手するのでしょう。

その際にブロガーは非常に大きな役割を果たすのかも知れません。

私は憲法改正の議論そのものの前に、「現在の憲法をまず守れ」という立場にあります。現在の憲法下において、その憲法の中に書かれている国会議員の憲法遵守義務を守らず、また、国民に対してもサービス残業、ブラック企業の放置などの基本的人権の蹂躙を行ったまま、国際的危機を煽り立て、その結果として憲法改正を目指しています。

彼らの言う事は決まっています。

「憲法を改正しないとこの国を守る事ができない」と。

そんな事はありません。私は別に自衛隊は存在してもいいし、むしろ自衛隊にはしかるべき予算を導入するべきであると考えます。しかし、自衛隊の存在は、国家間のあらゆる対話の末の最後の手段として用いるべき存在であって、自衛隊を実力行使として国家間の紛争に用いることは、政治の究極的な敗北と言えるでしょう。

そんな自衛隊を憲法に明記する事によって、それは自衛隊という軍備に歯止めのかからない状態になってしまうのではないか、との懸念を私は抱かざるを得ません。

そもそも憲法において、いかなる省庁も記述されていないにもかかわらず、なぜ自衛隊だけを憲法に書かねばならないのでしょうか。

それは憲法によって、「お墨付き終えた自衛隊」としてかつての戦前の日本軍のような暴走を招きかねない状態と言えるのではないでしょうか。

また、先に自衛隊員が野党の国会議員に対し罵倒を吐き捨てるなどのスキャンダルもありましたが、それらは自衛隊の憲法の明記によって、より過激なものとなるかも知れません。

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憲法「改正」を謳う国会議員の真意

先日、菅野完氏の「日本会議の研究」という本を読みましたが、その本によれば、現在の憲法改正とは、ある宗教団体の一部の過激的組織と言える者達が、教祖の右翼的な思想を体現するための憲法改正、つまり、究極的には旧憲法明治時代の憲法に戻すという事を主眼に置いた運動として行なってる、との記述がありました。

また、国会議員にとってみれば、自分の主義主張などよりも、まずは票を得る事によって、自分の保身を図る事がまず第一でしょう。

そのためには自分は特権的地位にあるのですから、たとえ憲法改正によって徴兵制が復活するよう事態になっても、自分の保身と集票の為ならば、ありとあらゆる言論を受け入れる、そんな状況下にあるのかも知れません。

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議員と似た状況のブロガー

さて、その一方で、そのような状況は非常に小さなスケールではありますが、ブロガーにも同じような事が言えるのではないでしょうか。

現在ではブロガー達は政治的な思想信条は自分のブログに政治色がつく事を避けるために大々的に行われていませんが、これが、いずれ憲法を改正における国民投票の際には、広告代理店、もしくはその下請け、孫受けなどの経路を可えた金銭の流入が大いにあり得ると私は考えます。それは現在のブロガー達を見れば明らかでしょう。

情報商材や擬似株などにおける仮想通貨での脱法的な取引の推奨など、彼らは自分の金銭を得るためならばモラルや現在の法律などを非常に軽々しく扱う輩達であると私は考えています。

また、その一方ではブログはアクセス=金ですから、自分の金になるアクセスのためならばアクセスを持っているブロガーに嬉々として尻尾を振り、良いとも思っていないサービスや商品などをヨイショする、そんな恥さらしな行動をする輩達なのですから。

今後、憲法改正の国民投票という状態に陥った時、ブロガーたちは喜々として第三者からカネを受け取り、「憲法改正に賛成」と意見表明をするのしょう。

確かに第1回目の憲法改正は平和的な条項かも知れません。しかし、それはその裏には為政者達のいずれは憲法を自分達にとって都合のよいものにしよう、そんな意図が見え隠れする行動です。

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総論

憲法とは、そもそも国会や国会議員、法律、それらの上に位置する存在です。

国会議員は憲法を守ることが定められているにもかかわらず、また、現に現在の憲法が守られていないにも関わらず、軽々しく一部のカルト的価値観を持つ者達からの集票の見返り欲しさに憲法を改正しようとする、とんでもない国会議員、そして金の為ならばありとあらゆる言論に尻尾を振るブロガーども、この者達は極めて似た者達とも呼べるのかも知れません。

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