昭和30年代化する日本それは絶望の未来として、個人はどのように対処すべきか

By | 2017年1月11日
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日本は退化、衰退している

私は今日本は絶対に衰退中であると考えています。

政府いわく、「景気は緩やかに回復している」とお決まりのように発表していますが、そんな事を信じている人は一体どこにいるでしょうか。

確かに求人倍率は回復しているのかもしれません、しかし、それはこれまでの無為無策のツケとして労働人口が減少しているために過ぎません。仕事はあっても賃金は回復していません。もし本当に人手不足を解消したいのであれば、完全な同一労働同一賃金として、バイトにボーナスを出し、「失われた世代」に「まともな」待遇を与えれば良いのではないでしょうか?ごく簡単なことです。

なぜブラック企業じみた労働環境で、しかも安い賃金、そんな「働かせ方」に人が集まると考えるのか、そんな考え方のほうが誤っているのではないでしょうか。

働いても安定的に家庭を養える賃金を得ることができないからこそ、少子化と高齢化が進み、その結果として労働人口の減少をしているのです。それを「人手不足=景気の好転」と報道するのは問題の歪曲と言わざるを得ませんし、また、現状の社会の状況を正確に把握するならば、もう社会的にはお先真っ暗ですね、との認識が最も正しいでしょう。

今後、日本社会のの向かう先としては、昭和30年代のような生活、経済状態であると考えています。つまり敗戦後10年を経過した時代です。

それらの時代は、住み込み丁稚奉公、オート3輪代の時代、そういったところまで日本は衰退するものと私は考えています。つまり、経済的に衰退し、また、モラル的にも衰退する、ということです。

とはいえ、昭和30年台は悪い事なのか、と言うとまたそれは別の問題でもあるのですが。それらの時代の人々も、それなりに楽しく生きてきたのも事実ですし、そこに生活や社会があった事は純然たる事実ですから。

ただ、当時の昭和30年代と、今後日本が向かう昭和30年代では決定的に異なる部分があります。それは「希望」ではないでしょうか。かつての昭和30年代は貧しくとも、日々経済的成長が実感できた時代です。また、それは社会そのものの進歩として、市井の人々が「進歩する社会」を自然に感じることができた時代です。それに対し、今後、日本が向かう社会とは、昭和30年台とは全く逆の、「日々、社会の衰退を絶望的に実感せざるを得ない」時代となるのでしょう。

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日本の退化と時代感覚の一例

実際これと同じような、わかりやすい事例が現在でも起こっています。

それは「今の時代から見た」バブル景気の時代についての感覚です。

これは、この記事を読んでいる人の年代によって、感覚的に全く異なると思うのですが、かつて日本には景気が良かった時代がありました。例えばバイトでも普通に年収300万になったり、また派遣労働者、請負労働などの、「企業にとって都合のよい働かせ方」が基本的には存在しない時代でした。

それどころか、バブルの時代には「好景気で」人が集まらないから人手不足によって企業が倒産する、という事すら生じたような時代でした。それは現在の「労働力の総人口自体の減少」による労働力不足とは全く質の異なるものです。

それらの事実は現在からすると、驚きの事実ばかりですが、その感覚が今から30年ほど前に存在していたのです。

おおむね西暦2000年程度までは日本は治安が良く、そして社会人になって会社員にさえなれば少なくとも地方では普通に結婚し、普通に家庭と車を持つ事ができました

それは現時点から見ると「バブルの頃の日本は豊かであった」との感覚を抱くものです。

しかし、将来の日本は、今の時点でバブル景気の頃を懐かしむかのように、将来の日本から、現在、すなわち2017年の日本を懐かしむ時代が将来的に来るのではないでしょうか。

「現在の2025年から見れば、2017年当時は治安もよく、そして経済的にも衰退はしつつあるが、それでも安定していた時代であった」、と。

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将来の日本像

雇用の安定はますます悪化するでしょう。確かに雇用そのものは増えるかもしれません。しかし、派遣や期間工の雇用に慣れきった企業は、もはやそれらの「企業にとっての都合の良い」働かせ方無しでは成り立たない状況になってしまったため、雇用の不安定と労働力不足は奇妙にも共存することになる可能性が高いと考えます。

そして昭和30年代と決定的に違う点は、「未来に対して希望ではなく絶望しか残らない時代」になるのでしょう。

昭和30年代は経済的には貧しくとも、働けば働くだけ将来的についての明るい展望がありました。また、それを社会全体が共有していました。しかし、今後日本の向かうべき未来とは、ひたすらな劣化、ひたすらな衰退、ひたすらな絶望、そんな時代ではないでしょうか。

では、何をすべきか

為政者の言う、景気は回復している、というフレーズは大本営発表を思い起こさざるを得ません。太平洋戦争末期、東京にB29が襲来し、地上に絶望的な地獄絵図を振りまいていたにも関わらず、当時の為政者たちは「勝った!勝った!」とプロパガンダを垂れ流していたのですから。

現在の社会状況も、それらのプロパガンダと同等のものと私は考えています。

つまり、これまでの「成長する日本の価値観」の終焉を認識し、「衰退する日本の価値観」を自分の生きる上での根底的な価値観として認識せねば、非常に自分の人生が危険な状態となるでしょう。

日本社会が衰退していく事を視野に入れ、生活スキルや自分の生きていくための職業スキルを身につけることが意識改革として全ての人々に必要なのではないでしょうか。

それは、DIYの能力、そして収入を切り詰めたとしても最小限の生活を成り立たせることのできる能力、また、無職期間であっても「それなりに楽しく生きることのできる」能力、など、これまでの「成長する」時代とは全く異なる価値観が必要であると考えます。

また、社会や企業は個人の権利を、より軽々しく扱う傾向となるでしょう。そのような際に、いかにして自分の生活を守るのか、そんな視点が重要になるのではないでしょうか。

もはや日本の経済的成長は終わりです。社会の経済的衰退、社会を覆う失望感、それを思考の根底に危機感とともに根付かせ、生活の構成を行うことのできる者こそが、今後の社会を生き残ることができるのではないでしょうか。

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