国家と歴史の連続性過去の問題に向き合うために日本が行うべきである事

By | 2017年12月21日
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アジアの諸外国と日本との関係の問題性

アジアの近隣諸国と日本との間に、かつての歴史的問題について様々な議論がありますが、そこで問題とされるのは、彼の国の感情問題ではないでしょうか。

それに対して日本は、戦中と歴史的連続性のない国家である事を自ら証明する事ができない事こそが、最大の問題ではないのかと思うのです。

その一番の代表的な例としては、現在の首相ではないでしょうか。

なぜならば、彼の祖父はA級戦犯であり、先の大戦における戦争犯罪者に他ならないのですから。そのような者が日本の首相になっている時点で、諸外国から見れば日本の言う「反省」とは極めて疑わざるを得ない度と言えるでしょう。

もちろん、首相にしたとしても、それは日本の選挙で選ばれた国会議員達の投票によって首相として選出された者です。それは日本の国民による直接的な代表の選出ではありません。

もちろん、これが20年前、30年前のアジアの諸外国が未だ経済的な余裕がない状況であれば話は違ったのかも知れませんし、単なる一国の問題として、親の七光りとしての首相個人の国内問題であったのかも知れません。

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アジア諸国の発展と日本の無意識

しかし、現在、アジア諸国が非常に経済的に力をつけ、また、国際的な関係において世界経済の規模でさも無視しえない状況となっている中にも関わらず、問題の火種を有した人物を首相として選任する事自体が、日本国民の総意として、配慮を欠いた行動であると言わざるを得ないのではないでしょうか。

もちろん、この国の選挙において、親の七光りが、特に与党において盛んに行われている事は言うまでもありません。

それは日本がこれまで成長過程にある間は必要悪としてそれらの問題が表面化してなかっただけであり、今、日本が衰退状況にある中、諸外国との関係のあり方を見つめ直さねばならない状態において、その考え方を変える事のできない昭和の感覚の延長のような人々が、この国の政治の中心にいる、それがこの国の悲劇的な状況の一因なのではないでしょうか。

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無連続な国家としての主張をしうる政治を

何も私は諸外国に対し、土下座外交をせよ、と主張するつもりは全くありません。歴史は一元的に見ることはできませんし、敗戦国にも敗戦国なりの主張や、当時やむを得ない事情が存在したことは一定程度は理解できます。

しかし、自分の国の過去の過ちを「人道に対する罪」である事を堂々と認め、表明し、親の七光りなどを含まない、「過去の連続ではない新しい政府」である事実を、誰もが分かりやすく理解し得る形で目に表さなければ、特に諸外国の人々から見ればいくら謝罪をしたところで、それは口先のパフォーマンスと言われてもやむを得ないでしょう。

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