ヤフーニュースのコメント欄(ヤフコメ)における違和感の原因とは何か考える

By | 2018年4月1日
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※この記事のオリジナルは2017年3月7日に書きましたが、大幅に追記して再公開します。

コメント欄は廃止される、とのことだったのですが

yahooでのコメント欄について、かつて2017年3月6日をもって閉鎖する事がアナウンスされていました。

しかし、タイミング的に非常に色々と考えさせられてしまいますね。当時、首相が森友学園の小学校の土地問題を追及されている中で、「愛国」小学校の問題が無限に広がって行こうとしていた中で、何かタイミングが良すぎるように思えてなりません。

現に、これらの事件が発生してから、下記に書いているように「愛国的な」コメント欄ですら、それを上回る現政権への疑問が多数書かれるようになっていたのですから。

そのため、下記の記事は全て過去の話題を扱ったものとなってしまっています。予めお断りしておきます。

追記1 この記事を表示している2017年3月7日現在、いまだにコメント欄の存在するニュース記事があります。あまりにもシステムが複雑ですべてを同時に切り替える事ができないのでしょう。しかし、そこまで急いでまでコメント欄を閉じる必要性とは、一体何なのでしょうね?

追記2 結局、その後もコメント欄の廃止そのものは行われませんでした。ただ、記事によってはコメント欄が無い記事も増えているようです。これは、著作権保持者がコメント欄の有無を選択できるようになったためかも知れません。

ただ、排外主義的な思想が書かれるコメント欄をいまだに放置するヤフーの感覚は疑わざるを得ませんが。

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なぜヤフコメに違和感を覚えるのか

ヤフーニュースはのコメント欄がについて違和感を抱いています。なぜ違和感を抱くのかを考えてみます。

短文、感情的、差別的、侮辱的、公序良俗に反する

これらが最大の原因ではないでしょうか。

まずは、twitter的な、つまり短文で文章を書く事によって、前後の脈絡のない、感情的な文章を書く事に対する違和感です。本来、人間は理論的な文章を書く生き物であるはずなのに、それを放棄し、感情に基づく短文の文章を書く、それは動物的な行動であるとすら感じてしまうのです。

また、それらの短文には、いわゆるところのネット右翼、もしくは「愛国者」による何らの裏付けのない偏見と差別主義に満ち満ちたコメントが、何のチェックもされる事なく書き込まれている事も違和感の大きな原因です。

いわば、それらは不特定多数が目にする場所において、 短文、感情的、差別的、侮辱的、公序良俗に反する言論が放置されたままの状態であると言えるでしょう。

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いかなる言論であってもその発言は禁じられるべきではないが

別に私はそのような発言を表示するな、と主張するつもりは原則、ありません。(ただし、明らかなレイシスト発言などはこの限りではありませんが)

それは発言はこの国の憲法において思想信条の自由として認められる事です。しかし、それは反対意見の言権を奪う事にも私は同様に反対します。

しかし、それらの反社会的発言を、誰しもが目にする場所、つまり、半公共的な場所のヤフーのコメント欄で表示することが社会的に正しいのか、と考えた場合、甚だ疑問に思わざるを得ません。

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なぜ、おかしな主張が先頭に来るのか

ヤフーニュースのコメント欄には投票ボタンがあり、そこに投票された数に応じて先頭に表示されるのですが、それらについて、
「読者による一定程度のチェックが働いている」
と、yahooの運営側は主張するするのかも知れません。

しかし、ヤフーニュースのコメント欄において先頭に出ている文章は、理論性の無い、感情的な文章が多く見受けられます。

これは、ヤフーのニュースを見ていると者とは、感情的な、そして偏見に満ちた見方をしている、と読めるのかも知れませんし、もしくは何らかの思想的背景の有る者達が組織的な動員をし、世論形成のためにそれらの発言への注目を誘導している、とも考えうるでしょう。

また、ヤフコメという匿名の場所、すなわち、なんら責任のない状態で、一瞬で物事を判断するような場合、汚い言葉で相手を罵る事によって存在感を示す発言に目がゆきやすいのかも知れません。

それが理論的に正しいかどうが関係なく、インパクトを観覧者に与え、それによって「ノリ」で投票ボタンを押させる事により、それらの極端な意見が表示されている、とも考えられうるのではないでしょうか。

特に、それは匿名であるがゆえの「通常であれば発言し得ない、賛同し得ない」ような言論に賛同してしまう、人間の心の弱さを突いた手法とも言えるでしょう。

もっとも、私としてはそれらのヘイト発言の裏側には組織的な動員が存在すると考えていますが。

ネットは一人が何十人、何百人にも化けることが可能です。しかも、それを後押しする財源を持ったものが存在すれば、いとも簡単に「匿名の投票結果」など書き換えることが可能でしょう。

一例としては一人が何十台もスマートフォンを保有し、それらを使って「投票」を行うことは技術的には十二分に可能です。

彼らの真の目的は「誹謗中傷」ではなく、世論形成にあると考えます。

ヘイト的な、そして良識ある思想をシャットアウトする、それらは現状を無制限に肯定する反知性主義の現れの行動とも言えるでしょう。

現状を無制限に肯定する反知性主義を行えば一体誰が得をするのか? それが全ての答えではないでしょうか。

「嫌なら見るな」に尽きるのかも知れませんが、少なくともヤフーニュースのコメント欄とは、組織的動員と、それらの群集心理とネット民における匿名性であるがゆえの人間の負の感情の表れである事は確かでしょう。

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