
従順な人間を作るための空間としての学校
なにが就活なのでしょう?学問を差し置いて、就職活動を行わねばならない「先進国」って、どんなブラックジョークでしょうか?
つまり、学校とは小中高大、それぞれの学校において、企業にとって都合の良い、従順な、文句の言わないイエスマンを大量生産しているのです。
一昔前の輸出産業、製造業花盛りの頃の、人間オートーションの頃ならそれでよかったのかもしれませんが、今の時代、製造業は総崩れ、衰退真っ盛りです。それでも学校は変われないし、変わろうともしない。けが人が出ても誰も責任を取らない組み体操の問題を見ても明白ですが、学校に自浄作用はありません。
また、神戸の東須磨小学校における教員間のいじめなどを見てもわかる通り、教員は自分たちの閉じ込められた世界観の中で正義を適用し、それを生徒に押し付けている状況とさえ、言えるのかも知れません。
また、この神戸の東須磨小学校における教員間の問題において、その首謀者の教師の親も教員であり、また親族が教育委員会の内部人物である、などとも言われています。
もはやこれは教員と言う身分がある種の特権階級化してしまっている事の証拠であると言わざるを得ません。
今、社会で求められているのは「自ら考える」人材でしょう。しかし、公的な学校教育ではそのような人物を作ろうとはしているようには見えません。では、なぜ自ら考える人材を育てようとしないののでしょうか? なぜならば、それをされると企業や社会にとって都合が悪いからです。
学校は労働基準法を教えるべき
現在でも教科としての公民がありますが、あくまでも「先進国気取り」の、「知識」としての、どうでもいい空虚なお念仏として「社会は平等」と刷り込んでいるだけではないでしょうか。
本来、労働基準法や、派遣法、それらによる雇用の不安定さなどの、卒業後すぐにでも彼らが直面する労働問題を教えるべきでしょう。
行動基準方々を実際に使えるだけの知識を教えこむ事に長期間は必要ありません。
おそらくは丸一日もあれば、ある程度の労働基準法の基礎的な部分は習得し、内容証明郵便の書き方や弁護士への相談の仕方の方法など、具体的な活用方法も十二分に学ぶことができるはずです。
しかし、そんな簡単なことにもかかわらず、公的教育は絶対にそれをしようとしない。それはなぜか。
そんなことを教えだすと、なぜ同一労働同一賃金ではないのか、といったことや、ブラック企業がなぜ世に闊歩するのか、など、社会の矛盾と真正面から向かわざるをえなくなります。そんなことは学校にはできません。
生きるために本当に必要な知識も法律も教えない学校、それはすなわち教員という事なかれ役人的体質の異形の空間での、産業界に従順な産業戦士、もしくはイエスマンを大量生産する工場と形容されてもやむを得ないでしょう。
今ある学校の「利用」方法
学校など「社会の不条理」を知るためにゆくところに過ぎません。本当に勉学の意欲のあるものはいくらでも自分で調べることができます。今やネットの時代、いくらでも情報は入手できるのですかから。
所詮、学校は社会の矛盾を痛烈に感じるための期間であって、更には上の学校に入学するためのやむを得ない期間、もしくは就職予備校でしか無いのですから、そこで知識以上の何かを得ようとする事自体が無駄でしょう。
団体行動だの団結だのと言う、わけのわからない教員の自己満足の価値観の押し付けを迎合して本心から受け入れることは、人生を低迷させる大きな原因のの1つかもしれません。
特に公立の学校教員など、いかに自分の生徒を無難に卒業させて、教員としての自分の生活を安泰とするか、ということを常日頃考えている、上司の顔色を常に伺っている人物の集団です。だからこそいじめ問題がはびこり、そして自分たちの地位を守るためにいじめをもみ消すのです。
明るい学校生活?何を寝言を言っているのでしょう。学校時代など、暗く、重く、どうしようもない、本当に忌まわしい期間としてあるべきことが自然なのです。
無論、そうではない、生徒の側に立つ、あるべき教員も存在します。私もありがたいことに、そのような志ある教員にお世話になったからこそ、今の自分がいることは事実です。
しかし、それはごく例外的事実であって、そんな人物はほんの数%です。
「学校は世の不条理を知るためにゆくところ」
そう、思うと少し学校が楽になることでしょう。学校で学ぶ「知識」とは、公式上の、タテマエのものに過ぎません。
本当に学校で学ぶべきは、この社会の不条理で、差別的で、どうしようもない、それを対外的に糊塗した、醜い空間が全国至る所に存在する、という「日本社会の縮図としての不条理さ」を知るための空間なのです。
学校に何か期待するだけ無駄です。学校など、どうしようもない期間なのですから、とっとと利用するだけ利用して、卒業して抜け出しましょう。そこで得た不条理は、日本社会の縮図として、今後も必ず役に立つのですから。
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