なぜ少子化を放置するのか、保守と少子化、自分たちで墓穴を掘る者達

By | 2018年3月31日
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本来あるべき姿の社会と政治として

ともかく子供を作ってください!

と為政者は本来、声を大にして主張せねばならない時期に来ているにもかかわらず、カルトまがいの純血思想を振りかざしているのはもはやブラックジョークと言える社会です。

まあ、政治屋は「ご高齢」で「したくてもできない」もしくは、カルトに洗脳されて「純血思想」なのかもしれませんが、そんな愚劣な思想を「指導者」が有しているというのは国民全体が不幸であるどころか、国自体が滅ぼされかねません。まあ、実際、今そうなっているのですが。

プロパガンダの上から目線の「産めよ増やせよ」ではなく、平身低頭で「どうかお願いですから子供を産んでいただけないでしょうか?」

と国民に懇願することが本来の政治の役目であるにも関わらず、「子育ては自己責任!」と吐き捨てることのできる政治屋の神経を疑います。

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なぜ政治屋には少子化に対して危機感がないのか

これはもはや選民思想としか言いようが無いのではないでしょうか。自分たちは利権とカネをたっぷり持っているから、それを死守することには必死ですが、国民の生活や、国家としてのあり方はどうでもよいのでしょう。自称「保守」が笑わせますね。

もしくは、本当に労働人口が少なくなれば、「外国人研修生」を増やせばいいとでも思っているのでしょう。

事実、ある国内産業は外国人研修生がいなければ成り立たない、と言われる産業もかなりあります。

実際、私がかつて勤めていた企業でも外国人研修指定の方が多数勤めている業界で、しかもその業界は、外国人研修生によってかなりの部分が作られた製品を「メイドインジャパン」と嬉しげに売りたてているのです。

確かにそれは日本国内で作ったのかもしれませんか、実際の製造工程にはかなりの部分に日本人以外の外国人研修生が関わっている事実はひた隠しにするのです。

どちらにせよ、現在の為政者は「保守」という看板を外したほうが良いかと思います。自国の常識的な維持すらも怠っている状況で、「保守」などと、詐欺にも等しいででしょう。

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「無責任な」子供の出産による子供の貧困?無責任な親?

子育てを「自己責任」と罵る社会、それは社会が子供への関与を否定したことに対する詭弁でしかありません。

いずれ、たった20年我慢すれば今の子供は概ね納税者になるのですから、その20年間は社会が子供を育てればいいことです国家百年の計といいますが、たった20年先のビジョンも見通せない政治家は全員、廃業をした方が誰にとっても幸せなのではないでしょうか。

あらゆる手段を使って社会は子供を産み、育て、もし個人の力で育てるのが無理ならば社会で育てればいいのです。

教育で彼らに生きる力を、考える力を与えればいい。自分で考える力を身に付ければ必ず社会の一員として貢献してくれることでしょう。

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財源はどうするのか、という問いについて

財源?政治家の給与や縁故採用の地方公務員の給を料削ればよいのです。

たとえば、地方公務員が縁故採用を行い、政治家の口利きで採用した職員に与える安定的地位と金があるのであれば、子供の教育に用いるべきです。

そうすれば必ず20年後に社会に還元されるのですから。自らの保身に汲々とする政治屋と公務員と、未来を担う子供、そのどちらのほうが大切か、そんなことは愚者にでも判ることです。現在の社会状況は愚者以下と言えるでしょう。

国家100年の計などと言います。それは保守と言われる者たちは自分の国を良くしたいと思う心があるのであれば、今の社会状況について甚だしい疑問を持ってしかるべきであると考えます。

もちろん「保守」の人々の中にも心はある方がおられ、このような考えをしている者も存在するでしょう。

しかし、あまりにも現在の社会状況を見ていると、「保守」の中でも特定の勢力が目立ちすぎているため、そのような冷静な議論が成り立っていないのではないかと考えざるを得ません。

自分の所属する社会、国家を維持持続していく事は、「保守」、リベラルに関係なく、当たり当然のテーマではないでしょうか。

まあ、そのような社会の根本的問題を考えない要因の一つに、現在の為政者のプロパガンダ部隊のネット右翼などの状況があげられるのかもしれません。

なぜならば、彼らは家庭も子供も持てなかった存在なのですから、当然、彼らからすればそのような問題を考えたくない心理が働いているからこそ、そのような問題がネット上で遡上に上げられない事態になっているのかもしれません。

そんな当たり前の議論がなされていない、そんな社会状況において、社会を憂うといったところで何ら説得力のないものです。

これは何も、私は保守の人々にのみ主張しているのではありません。

現在の、「正社員だけ」を守ろうとする労働組合と、それを集票組織にする野党政党についても同じように言えることです。

自分たちの組織、集票を守ることだけを必死にしてる間に、この世界はとことんまで落ちるとこまで落ちてしまいました。

それは経済的状況にしてもそうですし、社会的な状況についてもそうです。

そのような自分たちの存在する土台である社会そして国家について、保守そしてリベラルは「国家としての中長期スパン」をもう少し真剣に考えるべき時期なのではないでしょうか。

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