※2016年11月19日記述 2016年11月24日追記
避難民のこどもいじめ は日本の縮図である
福島から避難としてきたこどもが学校でのいじめにあっている事を教育委員会ぐるみで隠蔽していたという事件がありましたが、これはまさしく今の退廃する日本の状況を縮図として表している出来事のではないでしょうか。
愚劣な教員の価値観
いじめを受けたこどもは100万円程度「奢らされた」、と言っていますが、では小学生のこどもが100万もの飲食を奢る行為が、それが常識的であると教育委員会が考えたのでしょうか?
そんな常識のない教育委員や教員は即刻、懲戒免職にすべきです。
なぜ学校のいじめが問題化されないか、それは学校でいじめは教員の管理能力不足とみなす風潮が文部省に存在するためです。学校の教員は自らの保身を図るためにこどものいじめを見て見ぬふりをする。公務員の保身のためにこどもが犠牲になっているのです。
誰も責任を取らない東京電力関係者そして公務員たち
福島から避難してきたこどもは何一つ悪いわけではありません。
福島第一原発事故について「想定外!」「想定外!」と壊れたレコードのように繰り返す東京電力、またその取り巻きの政治家達、 彼らは福島第一原発を設置する時には、「絶対に原発事故は起きない」と言っていたにも関わらず 3.11の地震と津波により原発の爆発、それは世界的にも 最悪レベルの事故 引き起こした者達です。
原発を爆破させた東京電力の役員たちが何一つ刑事罰を問われていない状態にもかかわらず、そのために福島から避難してきたこどものいじめが解決されるワケもありません。
こども達は大人の空気を読み取る
この問題について政治家が「遺憾」だの何だのとコメントを口走っていますが、コメそんな空虚なコメントを発する前に、まず関係の教員、教育委員会ら関係者全員を懲戒免職にしたらいかがでしょう?
また、それらのいじめの加害者は児童相談所に通告されるでもなく、法治国家とは思えない状態ですね。
またこの問題について、関係者の教員や教育委員会は何ら実効的な処罰される事もなく、せいぜい減給1/10、数ヶ月などの処分で幕を引くつもりなのでしょう。
大人達は誰も責任を取らない、そういう空気をこども達は敏感に読み取るからこそ、いじめは絶対になくならないのです。
つまり、こどものいじめとは、学校の事なかれ主義、それは文部科学省にまでたどり着く、役人としての教員の事なかれ主義、また無責任主義、上司の顔色を伺う役人根性、それらの一番の末端の問題としていじめの現場は存在するのです。
教員の役人根性で殺されるこどもたち
現在の文部科学省は「いじめがないことが当たり前」の前提に立った考え方となっています。そのため、いじめが生じた学校、学級は「管理能力がない」とみなします。そのため、教員、学校ぐるみでいじめを隠そうとします。
いじめはどんな学校にでも絶対に存在する、そしていじめを早期発見し、それを解決した教員こそ管理能力のある教員とみなすべきです。
今のように、いじめが無い事を前提に考えるべきではありません。
いじめはある。どんな学校にでもある。それを直視できない役人たち。メンツを優先する役人たち。
それはまるで、ソ連の計画経済において役人が自分たちの評価を落としたくないがために、ありもしない生産結果の数字を連発連呼し、最終的にソ連という国自体が滅んだ事実と同じ印象を受けます。
また、公立学校の教員は年収何百万も受け取っています。しかし、それがゆえに かれらは自己保身を図ろうとしているのです。こどもがいじめで自殺しても、自分の給料と地位の保身を優先する教員。もう、怒りを通り越してブラックジョークですね。
確かに教育の重要性は理解できます。しかし、それと現在の現在の教員の自己保身の醜さと、それらの教員に与えている給料の高さそれは、もはや社会的失敗と言えるでしょう。
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