日本は「和」の国ではない 都合の良い解釈はもう止め、社会を直視しよう

By | 2019年5月3日

「和」の意味をあえて書く

いきなり冗談的な話になってしまうのですが、この記事自体は「令和」なる元号が発表される前にアイデア自体は考えていました。

つまり、日本における「和」という言葉がもてはやされている、しかし、「和」という言葉をもてはやしながら、現在の非正規雇用の人々に対して、同一労働同一賃金が実現されていないなどの、差別的待遇による社会の分断者が存在している、それは、「和」という言葉は、まやかしのための言葉ではないのか? と考えていました。

そこに、今回の新元号に「和」の文字が使われる事になりました。

私は、この新元号について全く賛同できません。「令和」という元号については、命令のもとに和を保て、とても為政者達は言いたいのでしょうか、と取らざるを得ません。

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和ではなく、顔色をうかがっているだけ

今回の「令和」なる新元号を見るまでもなく、「和」という言葉は、これはお互いの顔色を伺う、もしくは、空気を読む事を良しとし、忍従もしくは、隷従を行う事をよしとする日本社会の醜い社会的風習の言い換えに過ぎない言葉ではないのか、とさえ思ってしまうのです。

また、我々は身近な生活、言えばブラック企業は平成の早い時代から、その問題が取りざたされていたにも関わらず、なんら実効的な対策は行われる事はありませんでした。

また、最近では働き方改革などと言いつつ、そこではお題目としての労働時間短縮が叫ばれてはいますが、結局のところ、持ち帰り残業が増えただけではないでしょうか。

これは別の話題となりますが、学校における強制参加のPTAや教員として不適合なパワハラなどを行う教員など、結局、「和」の精神は、この日本社会のパワハラ的なあり方の下地を作っているとさえ思ってしまうのです。

それらが全く手つかずのまま表面上だけは「和」など虚しい響きを元号として持つのです。

つまり、今回の新元号とは、それらの日本的風習、日本的な問題のある状態を全く改めようとしないどころか、益々強化しようとする者達の意図があるのではないか、とさえ勘ぐってしまいます。

ちなみに今回の元号についてかなり私は厳しい意見を言っていますが、「令和」の元号に、かなりリベラルな考え方で現在の政権に対する皮肉を込めた元号である、との意見がある事も、理解しています。

ただ、それについては、この記事とはやや意見を異にするものなので、参考としてリンクを下記に貼っておきます。

万葉集の令和の元ネタ・張衡「帰田賦」は、愚昧な安帝と側近たちの腐敗政治、自由すぎる奥方に乱れきった治世はもうヤダという漢詩だったというオチ。

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先進国最悪の最低賃金

「和」などと言うのであれば、まず真っ先に同一労働同一賃金を導入するべきでしょう。

それこそが、本当の意味での「和」でしょう。ただ、これは為政者側だけの問題ではなく、いわゆる私の考え方に近いリベラルにも大問題があります。

結局、現在のリベラル勢力は正社員や公務員の地位を守るため、非正規労働者をなかった事にしようとしている、そのような利権保持集団にすぎない、とさ見えてしまいます。

それらの一部の特権階級的な者達と、為政者の利害の一致が現在の醜い社会状況の原因の一つと言える事は確かでしょう。

「和」などと言うのであれば、弱き者にこそ手を差し伸べる社会が作られてしかるべきでした。もちろん、そのような者は一切存在していませんが。

「和」なる言葉が空虚に響く社会

結局、、この国は表面上は聞こえのよい言葉を使いながら、富める者たちは必死に、自分達の地位を汲々と守りながら、そして、そのしわ寄せを常に弱い者下の者に押し付け、社会全体が劣化し、落ちぶれるとこまで落ちぶれるのでしょう。

そして、これ以上落ちようが無くなった時、この国は変わるのかも知れません。それがどのような方向で噴出するのか私には想像はできませんが。

先に、「ひきこもり」が幼稚園児など20人を殺傷する川崎殺傷事件事件がありました。

川崎殺傷事件

この国は「和」文字を使いながら結局、、そのような引きこもりの者達や就職氷河期はに何ら手を差し伸べてこようとしませんでした。

その結果として、自暴自棄になった、それらの者たちが自分達の怒りを他の者を巻き込んでテロのような行為を行っているのかもしれません。

為政者たちは自らを「和」と言いつつ、実際のところ、虐げられた状態の者達には抑えようのない怒りが渦巻いている事を如実に示す事例でしょう。

また、このような事例は今後、益々増えてゆく可能性は否定できないでしょう。なぜならば、就職氷河期や引きこもりの者達は、現在の社会では多くの場合に存在しない者として扱われているからです。

就職氷河期生達に対して「人生再設計第一世代」などと為政者が呼んでいます。彼はに教育を施し労働力人口が減少している現在において彼らは活用しようとする動きがある事を私は知っています。

しかし、何が人生再設計第一世代なのでしょうか。その前に、まず、行政と立法がこれまでの無策を彼に対して謝罪をし、そして、保証をすべきが、しかるべき手順、そして、「和」の元号を持つ国の行うべき事ではないでしょうか。

都合のいい時だけ言う「和」という言葉は、全く空虚に響きます。逆に言えば言葉を弄ぶ、この国の本音と建前はよく表した事象と言えるのかも知れません。

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