弁護士は労基法、労組に積極的に介入せよ 弁護士は仕事は山のようにある

By | 2018年4月26日

弁護士には仕事がない、という詭弁

弁護士が増えすぎ、弁護士が歯医者並みに増え弁護士の収入が下がっている、などと問題が取りざたされますが、一体全体、この国において弁護士の仕事がない事について、私は今ひとつ理解のできない問題と言わざる得ません。

この国において為政者の無作為による少子高齢化が進んだ結果としての労働力、人口不足は明らかに誰の目にも見える者になり、そして、それから労働環境の改善に繋がっている事は確かです。

しかし、それでもなお世の中にはブラック企業は存在しますし、そのブラック企業を行政や立法が今だに見て見ぬふりをしている事も、純然たる事実です。

そのような中で弁護士は労働問題に積極的にかかわっていくべきではないのか、と考えます。

それは会社を退職した働く者への労働サービス残業代の返還の訴訟への介入、また、労働組合の団体交渉への介入など、いくらでも仕事は転がっていると思うのです。

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なぜ弁護士は労働問題に介入できないのか

ではなぜそのような事ができないのか。

その原因として、日本では他人の目を気にする、村八分、もしくは、島国根性が挙げられます。しかし、労働基準法を守らないブラック企業とは、企業が犯罪行為をしているだけに過ぎません。

特に企業側が「都合の良い働かせ方」と勘違いしているかのような、みなし労働時間制や派遣労働法、そして、バイトパートタイム労働などの、都合のいい法律の解釈を行っているのであれば当然働く者の側も、それらに対し、しかるべき法的措置を行うべきです。

また、会社を辞めるにやめられない人達は労働組合を立ち上げ、そして、そこに顧問弁護士という形で弁護士を介入させる事によって、法の力で強制的に企業のあり方を正す事も可能でしょう。

そのために、弁護士は企業に労働基準法を守らせ、サービス残業代を払わせるだけではなく、それらを払わせた後も労働働く者に対し会社がパワハラやセクハラなどを行っていないか、の監視などの事後介入を行う事も必要でしょう。

また、それは角度を変えるならば、この日本という国は今まで見て見ぬふりをされてきた事による、労働問題への弁護士の介入する余地は山のように残されているのではないか、と私は考えてしまいます。

弁護士もこれまでの、いわゆる「士業」と呼ばれる、資格を有し、それが特権的な状態であると考えるべきではなく、あくまでも自分は「技術職」である、と、自分の立場の認識を改めるべきであるかも知れません。

残念ながらこの国では法律、特に労働基準法などは全く守られていません。そもそも労基法自体が知られていませんし、それどころかワンマン経営者などによって、洗脳にも似た企業に対する倫理観を植え付けられている働く者も多数いるのですから。

それらの働く者に対し、

「あなたの保有している権利はこうです。その権利が今、会社によってこれだけ侵害されています。」

のように伝える事。そして、それを法律を駆使し、改善してゆくこと。交渉すること。それはある意味では技術職と呼べる者ではないでしょうか。

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企業に対するサービス残業代の請求と再就職

話は変わりますが、では、そのように企業に対してサービス残業代の請求などの法律を行使した場合、再就職について不利になるのではないか、と考える人はいると思います。

しかし、現実的には、そのような事は、ほぼありません。

なぜならば、確かに失われた世代と呼ばれるような者達が20代の若者であった2000年代においては、人減らしありきの社会状況であっため、そのような悪評を調査される事は絶対にないとは言えませんでした。

しかし、現状のように人が不足している状態においては、まったく見方は異なるでしょう。

ブラック企業に対し退職時に法律を行使したとしても、それは常識ある企業であれば、働く者の当然の権利であると考え、むしろ次に雇う企業が常識ある企業であれば、

「賃金さえきちんと払えば真面目に仕事をしてくれる」

より意欲のある人物とすら見る可能性はあると思います。

また、例え、新たな就職先の企業がかつての企業に対し、その求職者の履歴を紹介したとしても、そこである事ない事をかつてのブラック企業がペラペラと話すのであれば、それは個人の権利の侵害として法的事案となるべき案件ですから。

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とはいえ、労組の問題も大いにある

ただ、労組が未整備であることについて、必ずしも働く者の側が被害者であるか、については現在の労働組合のあり方が、あまりにも政治的に癒着しすぎている部分がある事も理解はします。

なぜならば、労働組合の中には過激な左翼思想を持つ集団との交流があったり、また、本来の労働環境の整備というテーマとは全く異なる、社会的、政治的テーマを主として論じる労働組合があったり、それらは労働組合に対し色眼鏡を世間から呼び起こす事にほかならないのではないでしょうか。

もちろん、はたらく者がそれらの個別の社会テーマを論じていく事は良い事だと思います。

しかし、それらの社会問題は労働環境の遵法性を求める労働組合とは切り離されるべきテーマであるべきです。

そのような事をしているからこそ、労働組合=左翼というイメージがつき、世の中が良くならないのではないか、とすら思ってしまうのです。

究極的に言ってしまえば、労働組合とは例え思想信条が左翼であったとしても右翼であったとしても、自分の置かれた労働環境に対する権利を守るための手段として、会社側に当然の要求していくための手段としての労組であるべきです。また、そこでは政治的なテーマは一切扱わない。

そのような労組が一般的に普及し、そこに当然のように弁護士が関わる、そんな流れになれば、より社会は良い方向に進んで行くのではないでしょうか。

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