漫画家になりたい、と思わないほうが幸せである コミック表現の限界について

By | 2019年6月12日

日本ではコミックの文化が非常に独自の発展をしましたが、私が今コミックのプロの作家を目指している方に対して、それで良いのか、と、問いかけをしたいと思います。

実はこの話題の前提として、私がかつてお付き合いをしていた人が、趣味では有るのですが、コミックマーケット、同人誌即売会に出店するような感じでコミックを描いていので、それを手伝ったりしたこともあるので、ある程度内部事情が分かっています。

作家使い捨ての日本

今の漫画界で、メジャーな漫画家になれるのは本当にごくごく、ひとにぎりの人物です。

その他の多くの作家は、売れなくなればボロ雑巾のように捨てられる、漫画家残酷物語です。

このようなコミックの業界をcool japanなどと言って日本の代表文化の一つとして扱っている時点で、もはや欺瞞に満ちた構造であると言わざるを得ません。

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コミックとは作る時間と消費する時間の最も乖離した表現の一つである

これは私の元パートナーがコミック書いていたからわかるのですが、コミックを描くのはすごく時間がかかる事です。

ラフを作って、下描きをして、ペン入れして消しゴムで下描きの鉛筆を消して、そしてマックに取り込んでスクリーントーンを張って…。

もちろん、今では液晶タブレットなどを用いたデジタル作業で、ある程度の時間短縮が行われているのかもしれませんが、それらの作画作業にしたところでYouTubeなどでその手順を見ていると、かなり時間がかかっているのは変わらない事実のようです。

結局、ラフスケッチをして下書きをしてそしてペン入れをするという作業自体は変わらないのですから。

作画にはページあたりで最低でも半日ぐらい時間を使っていると思われます。それにもかかわらず、読む時は1ページあたりわずか1分もかからずに読めてしまう。しかも、面白くなければ出版社は作家使い捨て、ですから。

コミックとはあらゆる視覚的表現の中でもっとも作る時間と読む時間が乖離した分野ではないでしょうか。

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コミックはいくらでも複製が可能である

ウェブ上では違法にも関わらず、コミックはrarファイルのアップロード、コミックのスキャン画像を掲載しているサイトなどが多く見られます。

それによって作家の名前が広がるメリットも完全には否定しませんが、現時点では非常に権利的に弱い立場にコミックの作家は存在している事も確かです。

コミックという表現手段は多くの使い捨ての作家の踏み台の方の上に、にごくごく一握りの有名な作家、もしくは印税で食べていけるような人がいるという状態です。

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コミックを描く者として

もう最初からコミックでプロになろうとは思わずに、コミックは副業として成り立たせその副業が成り立つような職業選択を行う事、またコミックの表現についてはいわゆる同人誌作家や、ウェブサイトにおけるイラストレーションの提供など、従来の流通とは全く異なった方法に的を絞っても良いのではないでしょうか。

またアマゾンの電子書籍なども非常に興味深いメディアではあると思います。

どちらにせよ、今後、紙の出版物自体がお先真っ暗な状態だと考えているので、週刊誌、月刊誌のコミック「のみ」をターゲットとした作品を生み出す、という考え方自体が、危険な考え方、もしくは先細りの考え方なのではないか、と思うのです。

最初からプロを目指さない、という幸せな選択

とはいえコミックとは、それは油絵や日本画などの、平面手法の表現手法の一部であると私は認識しています。また、それらとは違って、「物語」や「主張」をストレートに表現可能です。

そのような意味ではメディアとしての可能性は非常に高いと思います。コミックを使えば自分の主義主張を様々な人に伝えることができるのですから。

例えばこのブログというメディアが読もうと思って読まなければなかなか伝わりにくいのですから。

そのため、商業主義に頼らない、1年に数本程度、趣味的な発表などの、あくまでも最初から副業としての、割り切った考え方で最初から事を進めるべきではないかと考えます。

結局、自分の好きな分野でご飯を食べるということは確かに凄いことではあるのですが、それを喜びと思えるのか、苦痛と思うのか、それは本人しか決定できないことなのですから。

自分の好きなことが苦痛になることほど、苦悩に満ちたことはありません。

コミックこそ、「自分の好きな分野を商業的に利用される」、すなわち「夢」を人参とぶら下げ、馬車馬のようにこき使う、そんな業界の最たるもののうちの一つではないのでしょうか。

今後、日本経済の縮小とともに必然的にその牌を狭めて行かざるを得ないコミックを描くという行為は、趣味として張り切ってドライに考える必要があるのかもしれません。何も自分の好きなことをして苦労の生活をする必要はありません。

他に本業があって、それで食べるのであれば、コミックとは「表現」として自分の好きなように描く方法も、それはそれで幸せであると思います。

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