現状での新聞のメリットとして
新聞のメリットとして、ウェブにはない、ひと目で全体を見渡せる利点があります。
大きな紙面を使って、そこに文字情報を網羅的に載せる行為は家庭用プリンタ、タブレットなどでは代替する事のできない方法です。
また、その物理的な空間の広がり方はウェブでは絶対に代替する事のできない行為でしょう。それは、「特定の傾向しか見えない」ウェブとは全く異なる形式です。
新聞の本来の役目とは為政者の監視にある
新聞社が今後、生き残る道は、新聞社の週刊誌化にあるのではないか、と考えます。
何も週刊誌のような気ゴシップ記事や芸能人の惚れた腫れた、の記事を書く事ではなく、政権の監視としての存在をのあり方、という意味です。
つまり、メディアは権力の監視者である原点に立ち返る事です。
いわゆる御用新聞としては産経新聞と読売新聞、そして経済的な部分においては日経新聞などもこの御用新聞に加える事ができるでしょう。
これらの新聞は一体ど、のような意味を持って資源を使っているのでしょうか。
そのような大本営発表を垂れ流すための新聞であれば、首相官邸のホームページを見ていたほうが早いと思ってしまいます。彼らに権力の監視を行う、という感覚が1ミリたりとも存在しているのでしょうか。
先の大戦の反省を持たぬ「報道」としての新聞
先の大戦において、あらゆる新聞は印刷をするための紙面の統合、つまり紙の配給統制の名のもとに、あらゆる新聞が御用新聞として抑圧されました。
その結果として国民は情報統制がに基づく誤った戦争に強制的に動員されました。
そのような歴史的事実がありながら、未だに為政者を監視する立場ではなく、為政者にとって都合のいい記事ばかりを垂れ流す新聞関係者は、過去を学んでいない者達と言わざるを得ないでしょう。
そのような新聞が今後、生き残っていく事自体が、社会に対する悪影響と言わざるを得ません。
私が、この記事で生き残るべきで「新聞」と主張したい者は、然るべきジャーナリズムを有し、権力の監視としての新聞社について「のみ」書いています。御用新聞社は滅ぶべくして滅ぶべきです。
とはいえ、御用達新聞の最右翼と言われていた産経新聞が全国紙ではなく、関西、関東地方における地方紙にならざる得ない状況であると最近言われています。
特に今のネットが発達した世の中、また、新聞の存在その者が問われている状態で、為政者ののヨイショをしたところで、読者はその欺瞞性に気づきだしているのかもしれません。
よりよき選択肢を考えさせるための左右オピニオン
新聞の上で新聞社が自社の主張を伝える事自体は、左右両派ともに、ありだとは思うのです。
もちろん、を政権ヨイショの意見など全く論外と言わざる得ませんが、同じ一つのテーマにしても左派的な言論と右派的な言論、つまり左右から論じて行けば良いと思うのです。
新聞で、右派と言えば産経新聞、もはやこれは全国紙ではなくなると言われていますが。
そして左派といえば朝日新聞と言われますが、それぞれのイデオロギーによって世界が良くなるものではありません。
特定のイデオロギーに依拠をするのではなく「読者が現状の社会をどう考えるか」という手がかりを与えるために、左右の意見を平等に掲載するという新聞社のあり方は今後の彼等の生き残りに大いにあり得る手段であると私は考えます。
それこそが本当の新聞の持つエンターテイメント性ではないでしょうか。
現在のWebの「キュレート」などと称するパクリメディアではなく、新聞社が責任をもって言論を掲載し、そして、しかるべきチェックを行い社会の発展に尽くす。
そのためには右の意見、左の意見、その双方の意見が同一紙面に掲載されるのは大いにアリ、ではないかと思います。
もちろん、この国は先の大戦の前夜、ポピュリズムとも言えるような状態で国民全体が右派、そして、好戦的な雰囲気になった事実は絶対に忘れてはならない大前提として捉えられるべき事象ですが。
それこそ、「識者」などでなくとも、ブログの書き手などを動員して、何ならブログから転載をして議論をすれば良いと思うのですけどね。
ブロガーなど記事を掲載する事によって、原稿料は極めて低く抑えられるでしょう。
また、原稿料が低くとも、その新聞を見た者達が、そのブログにアクセスすれば広告料なども入るでしょうから、オピニオン記事にブロガーを使用する方法は今後、あり得るのかも知れません。
ブロガーの書く文章は、私も含めて貧弱ですから、それを然るべき知識のある者が校正をする必要は当然ありますが。
ちなみに私はリベラル立場で、このブログを書いていますが、必ずしも左側の議論が正しいとは思っていません。
現状の新聞のお寒い状態
ちなみに今の新聞とは、記者クラブによって成り立っている、すなわち大本営発表の垂れ流しとも言われています。
せめて大本営発表しか垂れ流すことができないのであれば、左右の意見を平等に問わず掲載しそのオピニオンを読者が判断するというエンターテイメント性を与えてはいかがでしょうか。
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