成人式は不要である、中止せよ 着物着付け業者失踪に見る成人式と利権

By | 2018年1月10日
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そもそも成人式は不要である

そもそも私は成人式そのものが不要であると考えています。

なぜならば、今回の着付け店の当日になっての失踪を見てもわかるように、成人式と言いつつ、それは着物業者を潤わせるための一種の利権を有するセレモニーに過ぎないように見えてなりません。

特に今の社会で大学進学率などから見ても、二十歳になったから「大人」になったのか?と、問われると、それは甚だ疑問な点が多々あります。

また、現在財政赤字がとてつもない金額になっているこの日本社会において、そのようなセレモニーをする必要があるのかも疑問です。

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一体誰のための成人式なのか

成人式を取りやめた場合に、一番影響があるのは着物の着付け店でしょう。

もし、ある市で成人式の中止が現実的に検討された場合、着付け業者はこぞって市議会議員に政治献金をするのでしょう。

無論、そのような行動は「政治家への合法的な献金」であり、何ら違法ではありません。

つまり、成人式、といいつつ、実際にはそこに少なからぬ金額で潤う業者が存在しているために、セレモニーとして続けられているのではないでしょうか?

また、市長や市議会議員が接点の少ない20代の若者へのアピールという事情もあるでしょう。

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「荒れる」成人式 もう成人式自体が不要

ある地域の成人式の開催方法を聞いたのですが、今年は成人式を各「公立中学校の校区」ごとに分割して行うとの事です。それは、単一行事の分割開催という名の税金の無駄遣いに思えてなりません。

その狙いは明らかに、いわゆる「荒れる成人式」を防止するための方法でしょう。そもそも、「荒れる成人式」が行われるような市で成人式を行う事自体が不要でしょう。そのような振る舞いを行うものが「成人」として祝われる資格があるようには思えません。

また、一般の新成人にしても、行政主体のセレモニーに喜々として参加する若者も問題意識が希薄ではないでしょうか。

成人式を妨害するなどの違法行為については論外ですが、ただ羊の群れのように粛々と行政主体の成人式に参加し、「行政のお膳立てで」仲間との再会を喜ぶ、そのような行政主体のセレモニーに何の疑問もなく参加をしてしまう事自体にも問題があると思います。

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成人式に出席しない、「大人」の選択

実は私は成人式には参加していません。行政主体のセレモニーに参加する必要はないと考えていましたし、当時、学生であっため故郷とは別の地域に住んでいたのですが、生まれ育った地域に帰ってまで、成人式に参加する必要はないと考え、成人式には参加しませんでした。

私は生まれた地域が嫌いであっため、遠く離れた大学に進学しました。そのため地元の公民館で行われる成人式に、参加しない事は当然の選択であると考えています。

大人だからこそ、地域の馴れ合いに背を向ける。そんな選択です。

大局的視点から言えば、借金まみれの日本において、行政主体のセレモニー、着物業者の書入れ時、同級生とのお仲間ゴッコ、そんな役割しか持たない成人式自体を継続する必要ありません。

成人式など、もはや全国的に中止したら良いと思うのです。中止する理由はただ一つです。

「この国は借金まみれですから、成人式をする余裕などありません。二十歳の皆さん、今後、頑張って我々が作った借金を払ってくださいね! 借金残高:1000兆円」

そんな、「純然たる事実」が書かれたメッセージカードを成人の日に1枚送りつければ、成人式など不要でしょう。

本当に成人式は、もう、とっとと中止しませんか?

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