かつてのパートナーとの連絡の意味、もしくは定点観測としての関係性

By | 2018年1月12日

かつてのパートナーとの連絡

私がかつて付き合っていたパートナーと、時々メールをする事があるのですが、そのパートナーは現在、家庭を持ち、そして、二人の息子がいる状況です。

今、私はこのブログで「私」がどこの誰か、何歳か,それらの個人情報については一切、書くつもりはありませんが、本当に色々な人生があるものだと思ってしまいます。

無論、言うまでもありませんが「不貞の行為」は一切ありませので。念のため。

私は現在、別のパートナーがいますが、では、そのパートナーと家庭を持ち、そして、子供を作るのか、という話になると、それは全く別の問題です。

別にそれに対して、どちらが良い悪いの判断をするつもりはありません。

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社会的常識としての家庭のあり方

もちろん、それが社会的な常識規範において見た場合、確かに結婚して、子供がいて、家を買って、そんな生き方の方がいいのでしょう。

それは私の自分の両親に孫の顔を見せれば、「務めを果たした事」となるのでしょう。しかし、私はそのような生き方が楽しいと思えません。また、そのような生き方をするのも無理です。だからこそ、今、私は文句を言いつつも、好き勝手させてもらえる、この会社に勤めているのですが。

本来、少子高齢化と言われる社会なのですから、子供を産んだら100万円ぐらいの祝い金が出て、子供が成人するまで、もしくは大学を卒業するまで、毎月、子供一人当たり5万円ぐらいの金が出ればいいのですけれどね。

割と本気で私はそのように思っています。そうする事によってこの国の少子高齢化は確実にストップするでしょう。

財源がない? そんなものは縁故採用やコネ採用の地方公務員を削れば幾らでも出てくるものですよ。

無論、そのような制度が有ったとしても、子供作るかどうかについては、それはまた、別の話ですが。

私は正直、子供がかわいいと思いません。子供が家庭の中でまるで王様のように振る舞う、そのような状況が自分の中で想像ができませんし、少なくとも原稿の制度下においては、衰退していく社会で子どもをつくる、それについての無責任さをも考えざるを得ません。

また、この国では結婚してしまえば、その後の極端な離婚のしづらさという現実的な問題も存在します。

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私の関係した人物の紡ぎ出す、別の物語としての定点観測

ちなみに、その元のパートナーは結婚して夫婦で幸せになっているようで、それはそれでいいと思います。

昔は色々とあったのですが、お互いに、定点観測として全く違う生き方を歩む者同士が連絡をとる、それはそれで全然いい事ではないでしょうか。

私のパートナーはそのような事について嫉妬することはありませんが、無用の問題を引き起こさないためにも、私はその事実自体を私のパートナーには伝えません。

では、その元パートナーと私が現在に至るまで、「法的なゴールイン」をした所で、幸せな現在で有ったか、と問われると甚だ疑問ですが。

私は、元パートナーを見る視点として、現在進行形としての「私の関係した人物による別の物語」が進行している、と考えてしまいます。ちなみに、言うまでもなく、その元パートナーとは、かなり険悪な時期があり、その後和解し、現在の関係に至っているのですが。

 

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