宮森はやと君の「絵画」を「買った」イケダハヤト氏、絵画と内面の心理について

By | 2017年12月18日

デザイナーによる宮森はやと君の「絵画」の講評

例のごとくですが、某国立美大卒のデザイン部署の人による10万円で売れたと称する「絵画」についての感想

・これはデザインなのでしょうか? それとも「絵画」なのでしょうか?
・自分の「絵画」の中に人様の作ったシンボルマークを入れ、それを作品と称する、その感覚が「斬新過ぎて」理解できない。
・線がいびつ、塗りもムラ、全体の構成に不安定感が漂う。
・この文字の歪みと面の塗りのムラに何の意図があるか理解できない。
・灰色の空間に浮かぶメガネが内面の心理的不安を示しているようで興味深い。
・一方、その反対側の空間は空白のままで、「虚無」を表しているように見える。
・本来、絵画とは「自分自身の発する視覚的表現」によって「意図」を表すもの。文字で「意図」を書いてしまうのであれば、絵画とは異なる「別の何か」に見えてしまう。
・宮森はやと君、「デザイン」「レタリング」「バランス」という言葉はわかります?
・まあ、本人が「絵画」と主張して、それを「買った」と称する者達が存在すれば、(彼らからすれば)「アート」なのでは?

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イケダハヤト氏はこの「絵画」を10万円で「買った」との事ですが

私個人では色々と思うところがあるのですが、本人達の主張を尊重しましょう。

十万円で「買った」、と言っているので、イケダハヤト氏は10万円の価値があると考えているのでしょう。

また、10万円で「買った」と称する割には、その「絵画」に対する賛美や解説などもろくに何一つ書かれていないのですが、自分の良いと思った「絵画」を「買った」のですから、必ずしもそれに対して評論をする必要はありませんが。

あれほど何千記事もある、と自慢をしているイケダハヤト氏が、自分の金を10万円出して「買った」と称する「絵画」について評論をしないのは理解に苦しみますが。

イケダハヤト氏は普段から「儲かった!」と言っているのですから、馬に食わせるほど金があるのでしょう。

そのため10万円で「絵画」を「買った」としても、それについて記事も作らず、額にも入れず、非常に湿気の多いと言われるイケハヤランドに飾るのでしょう。さすが、イケダハヤト氏ですね。10万円など惜しくも痒くもないのでしょう

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イケダハヤト氏が良いと思う「絵画」について

イケダハヤト氏は言うまでもなく、普段「仮想通貨のこれが良い、あれが良い」「こうやって儲けた」などと言っていますが、美術とは描く者もそうですが、それを購入する人物も、内心の美術的表現の発露としての「行動」として、「絵画」を購入する行為となります。

美術的表現とは根本的な部分を見れば、そこには心理学の世界と深い関係があります。

なぜ、人間がその絵を美しいと思うのか、その「絵画」が良いと思うのか、それは、その人物の心理面と密接に結びついています。そのため当然、文化や、国家や、社会の違いによって、「美しさ」の価値観は常に変化してきました。

イケダハヤト氏は宮森はやと君の「絵画」について、10万円を出す事ができるレベルで、良いと思った、心理的に感動し、購入という行動を行ったのでしょう。

そして、そんな人物が、普段アフィリエイト狙いの記事で、様々な商品やサービスを風見鶏のごとく推奨しているのですが、私は別に個人の内面の美的感覚について、どうのこうのと言うつもりはありません。

とはいえ、少なくとも、美術に関わったことのある人物から見ると、なぜ「10万円」で「買う」魅力を有するのか、甚だ摩訶不思議な「絵画」です。

それは、「本当に10万円で「買った」のだとすれば」、「非常に独特な内面的美的感覚と金銭的価値観を有する」事をイケダハヤト氏が自ら吐露している事にほかなりません。また、そのような感覚の延長上で、「この商品、サービスが良い!」と主張している事は事実でしょう。

それは、今後、イケダハヤト氏の記述するブログの読み方の一つの手がかりになるかも知れません。

まあ、まさか炎上狙いで「10万円で『買った』ことにして、本当はもっと少ない金額しか渡していない」などは、絶対に「無い」でしょうけれどね

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