現在の政治の閉塞状況とその根底にあるもの、社会老化と利権と他力本願

By | 2018年12月19日

なぜ、為政者を支持するのか

現在の為政者がその議席数に物を言わせ、様々な法案を強行採決することができるのは、選挙の際に宗教政党の選挙協力がそんざいするためです。

現在の為政者にとっては宗教政党の集票力がなければ、この現在の議席数を得ることはできないのですから。

いくら「国民の代表」を装ったところで、それは半分チートを行っているようなものでしょう。宗教団体の組織動員で当選する与党議員。これが「美しい国」なのでしょうか?

今の最大の選挙での最大の投票者層といえば団塊の世代でしょう。彼らからすれば、いかにして現在の社会をなるべく変える事なく、自分達の最後の時期まで、いかにして波風を立ている事なく暮らすが、が選挙の主題とになってしまうのではないか、と思います。

結局、この世代については、年金額が決定的に目減りをする、もしくは、自分達の孫世代が徴兵制度が復活して戦地に送られるなどの、「自分の身に降りかかる」決定的な状態にならなければ、為政者に対する信任投票をやめる事は無いのではないか、とさえ考えてしまいます。

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規制と利権と

もう一つ、今の閉塞した経済状況の中において、いわゆる利権産業における集団的な投票行動も存在します。

つまり、経済が停滞する事によって、利権的な法規制に守られている分野、または新規参入が行いづらい分野などでは、政治家が一定程度以上の影響力を持ち、それらの産業界に対して集票行動を促す事があります。

これが経済的に元気な時であれば、民間の活力によって健全な経済が回っていたにも関わらず、現在のところ、利権と労働基準監督署の行政不作為によって守られたような不健全な業界構造でしかないのですから。

おそらく、今後、この手の「利権的な選挙」は様々な形で、より巧妙に増えてゆくのでしょう。

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何も考えない国民の選択としての選挙

それはさておき、この国の国民は、自分の頭でものを考えることが本当にできないのか、と毎回の選挙で痛感します。

現在の経済的な一定の世界的な優位性にしても、1960年代から1990年代当時の世界情勢の上に、何らモノを考えることなく、働き蟻のように働いてきたことによって作られたものです。

それは現在となっては「経済的遺産」でしょうし。

とはいえ、今までは何とかなっていたものが、中国などのアジア勢の台東でそれらが、できなくなりつつあるのですが。

つまり、現在の日本の状況が、過去の遺産を食いつぶしつつ、経済的衰退が真っ盛りの状況にある、ということを未だに国民は理解できないのでしょう。もしくは、理解できても、それを考えたくないのでしょう。

本来であれば、世襲の政治屋、世襲の公務員、硬直化した行政、などの根本的な問題を改めるために「シガラミのない」政権を選択すべきであるにもかかわらず、結局「今までと同じ」事を繰り返しているだけなのですから。

また、今後、増え続けるであろう非正規労働者などの「企業にとって都合のいい使い捨て労働者」は自らの境遇を今一度、考え直すべきです。

非正規労働者になってしまうのは、絶対に自己責任ではありません。

特に現代少子高齢化で、外国人を入れればならないほど少子高齢化が進んでいると、為政者たちは主張するのですから。

なぜ、働き手が少ないのであれば正規職員、正規社員として雇用しないのか?それらが行えない理由とは、産業界にとって都合のいい働かせ方を非正規の従業員に強制しているにほかなりません。し強制されているにほかなりません。

そのような都合のいい働かせ方を、本来、規制し、是正するのが政治の役目です。

それらが全くできていない現在の政治に対し、信任投票を絶対に行うべきではありません。

労働問題を論じることは決して左翼の専売特許であってはなりません。本来、「国」を憂う者は、まず市井の庶民の生活を憂うべきであって然るべきなのですが。

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先の大戦の状況と重なる選挙

一体、どの政権の政治によってここまで社会が悪化したのか、これまで連綿と自分たちと、その支持者(=大企業)にとって都合の良い政策を行ってきた者達に対し、いまだに信任票を与えることは、先の対戦における大本営発表を鵜呑みにし、そして負け戦にすべてのリソースをつぎ込んだ事実と否応なくオーバーラップします。

先の大戦において、当時のNHKが大本営発表として、B29が首都を爆撃し首都が灰燼と化しているにもかかわらず、「勝った勝った!次は本土決戦!」とプロパガンダ放送を繰り返したのは「アベノミクスは道半ば」と現在のNHKが繰り返すフレーズと等しいことです。

つまり、アベが「信任を得た」ということは、この国が思想的には全く何一つ戦時中から進歩していない、という状況を残酷なまでに表しているのではないでしょうか。

よく考えてみれば民主党を選んだ時を別として、この国の国民は自分で自主的に自分たちの進路を選んだことはないですし、それがゆえに、「栄えた過去」の思い出にひたり、前を向けないのです。それが自民党を選ぶ心理ではないでしょうか。

この国は老人があふれていますが、国民の心情そのものが、過去を懐かしみ、国家そのものが、なんら前向きに生産的活動をしようとしない老人と等しい状態になっている、と言えるでしょう。

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