地方公立校でのPTAへの抗議的対応と考え方 PTAは社会の醜い縮図である 

By | 2019年3月28日

PTAという社会の醜い縮図

主に地方第二都市での公立学校のPTAのあり方について書いています。

学校とは社会の縮図に見えてなりません。良からぬ方向での。

PTAという存在について、法的には「任意団体」で、強制加入の根拠はありませんし、ましてや、それを保護者の間での押し付けあう行動とは、一体、何なのでしょうか。

PTAは、「したい人だけがする」のが本来のあり方に思えてなりません。

「教員の方? PTA、これ、当たり前そうに言っていますけど、『任意加入』ですよね? 裁判でも強制加入の違法性が指摘されてますよね?」

と教員たちに聞いてみると、彼女ら、彼らは慌てるのでしょう。

とはいえ、地方、特に公立学校においては、なかなか難しいのが現状でしょう。

そのため、「やむを得ずPTAをせざるを得ない」場合の活動は、徹底的に手を抜いて良いと考えます。そんなモノは法的根拠のない教員の「お願い」に過ぎないのですから。

または、一言で表すならば、

「何をタダ働きに期待してるのですか?」

と主張すべきでしょう。

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PTAの欺瞞的体質

ちなみに、教員は民間よりも高い給与をもらい、「忙しい」と言いつつ、PTAでの「民間人のタダ働き」を織り込んで仕事をしている状態です。

そのため、それらのPTAを取り巻く「全体の状況」として学校を眺めてみると、非常に醜悪な社会の縮図としての勉強にはなると考えます。

なぜ「任意」の団体が、それが義務であるかのように、喧伝するのでしょう。

いいかげん、PTAそのもの、やめませんか?

もしくは、保護者が「わがまま言いまくる」or「手抜きまくる」くらいの「実力行動」をしないと変わらないでしょう。

「保護者がPTAになることありき」

を税金で給与を得ている教員、学校側が期待し、それが当たり前のように振る舞っているのですから。

更に悪いことに、子育てママさんはみんな、真面目にPTAを活動を「してしまう」のですが。

そこで、主張します。

PTA活動は不真面目にしましょう。手抜いて、抜きまくる、と。

そういった「物言わざる、態度での反応」をしっかり学校側に送ることも重要だと考えます。彼らは黙っていれば付け上がり、当然のことのように思うのですから。

それを「PTAは義務」であるかのように振る舞うことによって、相互監視の目を作って、何とか組織を維持しているわけですね。

一体、「教育」を行う組織としての公立学校で法律が守られない事は異常な状態にほかなりません。

それはPTAだけではなく、ブラック校則もそうですし、イジメなどに対する不作為も根は同じでしょう。

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そもそも行事自体が不要

何なのでしょう? 保護者を巻き込んで運動会や文化祭などの行事を行う必要性とは。

「本来、税金で働く教員に、なぜ、保護者が無料奉仕活動を行う必要性があるのか?」

を真面目に聞いてみたい気がします。

これ、「伝統」だとか「地域の一体感」とか教員は理由づけするのでしょうけれど、それは建前で、教員たちの本音は

「これまでのやり方を変えて上(教頭や校長、教育委員会)に文句言われたくない」

でしょう。

つまり、教員たちの保身根性に生徒の両親を巻き込んでいるだけ、としか見えません。

また、PTAの役員ぎめにしても、「話し合い」などせずに、自動的にくじ引きで決めてしまえばよいのではないでしょうか。

その結果、したくない人に役員が決まって、その人がサボりまくって行事が回らなくなっても、それはそれで良いのではないか、とさえ思います。

そんな、「無料奉仕ボランティア」に依存せねばならない行事そのものが不要です。

と、こういう事はママ友とかの中では言いにくいでしょうけど…。

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保護者にも責任はある

「学校内での常識」とやらに教員たちは染まりきっているのでしょう。

可能であれば子どもにも、それらの「PTAのおかしさ」を伝えてはどうでしょうか?

学校で教えられる知識だけではなく、社会のドロドロとしたリアルがPTAにはあるのですから。

「道徳」とやらを教え込むよりも、余程世の中に対する適切な見方を得られると思いますが。

まあ、教員たちは「伝統」とやらで思考停止状態なのでしょうけれど、それを実行するのは無料で駆り出された父母ですからね…。

学校で教えられる知識は受験のための知識であって、本当に社会に出た際に役に立つのは、PTAを始めとする「おかしな社会制度、理不尽な社会制度」に対抗する方法であると考えます。

結局、「人の善意に期待する」学校運営そのものがおかしな状態、と私は見えてしまいます。

ましてや、そこで「子どもを許育する」? 子どもに同調圧力を教え込んでいるのか?と私は考えてしまいます。

PTAの別の意図

また、別のPTAの意図としては、

「学校監視のもと親同士の相互監視ネットワークを『作らせる』」

こともあるではないかと考えます。

そうすることによって、親同士の交流、という名目で相互に「物言いづらい」環境を作ることが出来るでしょう。

PTAの行う活動のうち、多くは教員、市役所などの行政が行うべき行動です。

少なくとも私の住む街の市役所の職員は、市議会議員などによる「賄賂での口利き採用」がほとんどと言われますが…。

で、当然、学校はそれに対し何もしない、と。まあ、そういった「醜い現実」こそ、最も子どもが勉強すべき事項に思えてなりません。

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