JR信越線の立ち往生は日本の社会劣化の姿、もしくは近未来の姿である

By | 2018年1月14日

立ち往生する電車とJRの姿

JR信越線で15時間の立ち往生を電車がした記事がありましたが、これは私は日本の近未来を実によく表している事象ではないかと考えます。

今の社会インフラの維持において、もはやそれが限界に来つつある日本の姿をよく表しているように見えてなりません。

確かに地理的条件や気象条件などが重なった事はよく理解できます。しかし、気象条件においては、これまで日本社会は温暖化している、という話であったにもかかわらずこの数日間、異常な寒気が到来しています。

無論、それは地球レベルで見た場合の局地的な寒冷化と見る事も可能ですが、さらに問題なのはそれらの気象の変化に対して日本が何一つ対応できない事です。

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人生を左右するような日の前日に立ち往生

しかも、今回の立ち往生は翌日がセンター試験の日であるにもかかわらず、JR側何も具体的な対応を取らず、車内では立ちっぱなしの人物、トイレすら行けない人物が存在したと聞きます。まさしく悪夢のような状態であったと簡単に想像できます。

しかも、このような状況になりながらJR側後手後手の対応に終始しました。もちろんWEB上においては運転士の自発的な雪かき行動を賞賛する発言などがありますが、それこそ問題の局所的な部分をクローズアップする事によって責任の曖昧化を狙った言論と言わざるを得ないのではないでしょうか。

立ち往生した列車に向けてラッセル車を走らせる、後方の駅に戻る、受験生など、その者の人生を左右するような状態にある人物については、JRにおいて組織された救助隊を向かわせる、などの対応が必要だったのではないでしょうか。

そのような対応をしなかったJRに対して批判的な目が向けられて当然です。なぜ、それらの対応をしなかったのか、甚だ疑問に思わざるを得ません。

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たまたまJRでの事例であったが

幸いな事に、今回、体調不良者は出なかったとの事ですが、どちらにせよ今後このような事例は、また起こるのでしょう。今回は鉄道インフラであったがためにニュースとして取り上げられましたが、現実問題として限界集落においては雪かきなどもまともにはできないでしょうし、それによって限界集落の放置された住宅などは急激な劣化が進行し、その結果として廃屋が多数出現しているのでしょう。それらの、社会劣化の目に見える事象の一例と考えるべきではないでしょうか。

しかし、それをJRのみに責任を求める事は問題があるとは思います。今回はJRの問題ですが、実際には鉄道路線においては新幹線の開通によって、そこに走る並行在来線などは第三セクターに強制的にさせられる事例が日本国内で起こっています。

私は今回の立ち往生の問題について、これは突発的に起こった問題ではなく、今後の日本が直面する人口減少社会におけるインフラの保守、維持について、どのようなあり方をすべきなのか事を問いかけているように思えてなりません。

今後、同様の問題は頻発するでしょう。しかも、それは経営体力のない第三セクター鉄道においては深刻な状況となるかもしれません。

無論、それはあくまでも問題の表面化としての事象であり、問題の根本には少子高齢化に対して、何らまともな手を打たない為政者達の政治的問題がある事は当然ですが。

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